約 2,288,045 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5196.html
時は進んで翌日、土曜日の午前。 俺は今、いつもの不思議探索の際の集合場所である北口駅前で、ハルヒが訪れるのを待っている。 とまあ昨日の今日なので、もしやハルヒを待つ俺の心境は伝説の木の下で待ち合わせている女子のそれと同じなのではないかと思う者もいるかも知れない。 なので説明しておくが、俺は別に告白をするためにここにいるんじゃない。 俺がここでハルヒを待っているのはもちろんこれから不思議探索を行うからであり、そして自分に課せられた責務を果たすためだ。そう。俺は遂にポエムを完成させることが出来たので、それをハルヒに渡さなければならないというわけだ。これの完成までの経緯は、今から昨日のその後を話す予定なので、そこで説明しようと思う。 だから現時点で普段と違うことといえば、俺が待ち合わせに一番乗りしているくらいだろう。 と……ハルヒを含めSOS団のメンバーはまだやってきそうにないので、ここで昨日のあれからを振り返ってみることにしよう。 あの後、俺と古泉と長門は学校へと戻り、小さい方の朝比奈さんは『機関』と未来側との諸々の調整のために元々学校を休んでいたので、そのまま自らの仕事を全うするため公園にて別れることとなった。 そして俺達学校組は、放課後の文芸部室で大人の朝比奈さんと朝比奈みゆきを交えて異世界問題の解決策を講じていたのだが、ここを俺の言葉のみで語るのは少々難儀しそうなので、少しばかり回想して時を遡ってみることにする。 あれは授業が終わってすぐ、掃除当番のハルヒを除いた俺達が文芸部室へと集まったとき、そこには大人の朝比奈さんとみゆきが待っていて………… 「本題に入る前にお聞きしたいのですが」 古泉は朝比奈さん(大)に真面目含有率八十パーセントの微笑を向けると、 「……正直、今日のあなたと『機関』の動きには驚かされてばかりでしたよ。僕の関知せぬところでのTPDDの製造、そしてあなた方未来人との協力体制。組織内でこれほどの重大かつ主要な出来事が僕の与り知らぬ場所で展開されていたなど、機関で僕が占める立場からすればとても信じられません。これはどういうことなのですか?」 返事をちょうだいするように手の平を差し出す古泉。その手を一瞥もせずに大人の朝比奈さんは、 「それを語るのには時間が足りないけれど、そう遠くないうちに彼……藤原くんが、古泉くんの疑問を解消してくれるはずです。だからごめんなさい、それまで待っててね」 その返答に古泉はスッと手を引っ込めると、 「ええ、そうすることにしましょう。これは機関の人間に問いただせばある程度は判明し得えることだ。ですが、あなたの口から是非聞いておきたいこともあります。それは未来側から現代の僕達に、あの次元理論をもたらしたことについてね」 「……古泉、そういった理論に対する質問は後でいいんじゃないか」 特に俺がいない場所で行うことをオススメするぜ。っと古泉はほのかな笑いを作り、「そういうことではありません」と言った後で少し難渋な顔を浮かべると、 「……未来の次元理論では、次元とは性質の足し算によって形成されるものであるとされ、それらは『流れ』という概念によって説明されていましたね。これは確かに、次元の要素が『広がり』という概念によって捉えられ、『縦×横×高さ』……つまりXとYとZの掛け算によって立方体という三次元が形作られるという現在の理論と違っているように思われます。ですが、僕には未来の次元理論に対し疑い問う程の能力は備わっていません。僕が疑問を抱いているのは、未来から現代にその理論がもたらされた、というそのままの事柄についてです」 「その論法で行くと、未来から指示を受けることだってまずいんじゃないか?」 「いいえ、それとも違います。未来側から指示を受ける場合、こちらからは未来を予察できない様に考えられていますから。ですが……次元理論は違う。公理を分出することが出来、その真偽を明らかにしてしまう次元理論とは……いわば人類にとって善悪を知る樹そのものであり、それから知識をもぎ取ることは、まさに禁断の知恵の果実に手をかける行為に等しいと言えるでしょう。……我々にとって未来の次元理論は、知るに時期尚早なのではないでしょうか」 そう言い切るとピッと前髪を弾き、 「そして世界人仮説。次元に関する理論を、人間に関わるものへと置換して考察されているこの理論は実に興味深い。世界人仮説は、矛盾の存在するこの世界を上手く表していますから」 どういうことかと聞けば、 「まず人間の進化において、その身体の進化は原始生命から延々と受け継がれてきたアナログな流れだといえます。ですが、人間の精神……人の心においてはそうではありません。個人の人格、例えるなら僕の思想は、この世界上で新たに組み上げられた全く新しいものです。なので身体の進化とは違い、その過程で発生する人の心の繋がりは、0から1という現象が続くデジタルな流れだと考えることが出来ます」 「それがどうしたんだ?」 「このように人間の『心』には、偽とされる連続体仮説が当てはまるということですよ。そして世界人仮説が矛盾を認めた理論だというのは、まさに世界人仮説が提唱する新概念を表す言葉なのです」 と、古泉は右手の指を一本ずつ開きながら、 「例えば四則計算において、足し算のみならば何も問題は発生しません。1に2を足しても3ですし、2に1を足しても同じく3という答えです。ですが……引き算となるとそうともいかない。何故ならば、1から1、もしくは1から2を引いてしまった場合には自然数では答えを表現し得ませんからね。なので人は、そこで生まれた0やマイナスなどの新しい概念を記号で表すようにしたのです。掛け算と割り算にも同様の流れがあり、このように人間は、算数や数学が展開されていくにつれ様々な概念を発見してきました。そして次元理論とSTC理論によって生まれた世界人仮説は、矛盾を認めるという概念を論じていますね。……いえ、これは『互いを認め合う概念』と言い表したほうが適切でしょう。ですがそれは哲学的見地から表されている世界人仮説の姿で、数学的には……今まで人類にとって不変の法則であった、『イコール』の概念に切り込んだ理論だと言えるのではないかと僕は考えます。これは絶対的な神の摂理である『イコール』で結ぶことの出来ないもの同士が『矛盾』として否定されずに、『認め合う』という人間的な概念によって結びついているという物理法則に対する新たな考察になる。そうであるからこそ、世界には矛盾というものが存在出来るのかもしれませんね」 ……互いを認め合う、ね。なんだか長門と同じようなことを言ってるような気がするな。 「ええ。だって世界人仮説は……長門さんが構築した理論だから」 「は?」 大人の朝比奈さんから飛び出した言葉に疑問符を飛ばしていると、 「……次元理論の姿は『箱』で、STC理論の姿は『紙』だとするなら、世界人仮説の姿は何だと思います?」 「……只の勘なんですが、そりゃあ『人』なんじゃないですか?」 「あたりです」 と朝比奈さん(大)は微笑み、俺達に視線を配ると、 「世界人仮説は、全ての理論を統合した理論なの。世界の全てのモノが混ぜ合わされば、純粋な溶媒と溶質という二つのモノが生まれます。それらを一つの存在として考え、溶媒を『体』、溶質を『心』と置換して生み出される『人』の姿こそが……世界人仮説を総括する姿。それでね、世界人仮説の中での有形の次元理論は、無矛盾な物理法則からなる『人の体』。そして……無形のSTC理論は、時には矛盾を起こしてしまう『人の心』なの。次元理論とSTC理論は本来、お互いを矛盾として否定しあってしまうもの。だけど、それらがお互いを認め合うことによって、初めてわたし達の世界は作られていくんです。そして、そうやって異なる存在が繋がりあうことで『進化』という現象が形作られていく……と、世界人仮説では論じられています」 話を聞いて、沈黙する古泉。俺はそんな古泉を視界にいれながら、 「……よくわからないんですが、その理論を長門が構築したってのはどういうことなんですか?」 それは、と、大人の朝比奈さんが話し出そうとしたときだった。 「……この世界の歴史を成立させるためには、朝比奈みくるの時代まで情報創造能力を維持していかなければならないから」 「………?」 長門が横から言葉を出してきた。長門は続けて、 「また、歴史を知る者による世界の調整も不可欠。だから……誰かが情報創造能力の寄り代となり、この世界を見続けていくことが必要となる。それを実行する際、最も適切と思われるのは……わたし。そして、これから人と共に歩むわたしがその理論を構築していくのだろう」 「――なるほど。世界人仮説……解析するまでもなく、それは長門さんが構築した理論だったというわけですか。そして長門さんは、これから世界の維持と調整を担っていくことになる。となると、僕の機関の成すべきことは……。そして、未来人が僕達にあんな理論をもたらしたのは……つまり……」 何やら呟いている古泉はそれっきり思考の海にダイブしてしまったようで、あいつからこれ以上の質問は出ないようだった。 それはともかく……俺には、一つ気になったことがある。 先程の会話から察するに、長門は朝比奈さんの未来まで長い時間を過ごしていくってことだよな。それは長門が自分らしく――思念体に属したまま――ありのままを生きる道を選んだということによるのだろうが、それでも相当辛いことなんじゃなかろうか。感情を持つ……長門にとって。 そして俺は、中学生のハルヒの言葉を思い出す。 何でも叶っちまう能力ってのは、実はそれを持つ者の自由を奪ってしまうものなんだ。そして長門は、それに程近い能力を自覚的に持ってしまっている。だから…………、 「――長門、」 俺は大人の朝比奈さんから貰った金属棒を長門に差し出すと、 「これ、良くは知らないんだが……花言葉をこの金属棒に書き込むと、お前の能力を制御する髪飾りになるらしい。だからSOS団で不思議探検なんかをするときくらいは……その髪飾りをつけてさ、肩の荷を降ろして遊んだっていいんじゃないか?」 まさに気休め程度にしかならないが、俺が持っているよりは意味があることだろう。……これでいいんですよね? 朝比奈さん(大)。 長門はマジマジと金属棒を見つめ、交互に朝比奈みゆきを見やると、 「……取り扱いは、わたしに任せてもらっていい?」 いいとも。ぶん投げられたら流石にショックだが、それはもうもう長門のモノだからな。 そして俺は朝比奈さん(大)に視線を移し、 「ところで、異世界の問題はどうするんですか? 長門が何か知ってるって聞きましたが、長門、お前何か知ってるか?」 長門は目をパチクリさせると、 「……異世界の状態を打開するヒントは、喜緑江美里と涼宮ハルヒ、そしてわたしの小説の一ページ目によって既に示されている。それらを複合的に読み取って私達が成すべきことは、記憶を取り戻す『鍵』を異世界へと持ち込み、あちら側のわたし達に自ら問題の解決を促すこと」 言いながら長門は俺に前回の機関紙を渡し、俺がそれに目をやると、切り取られていた長門の小説がすっかり元通りになっているのが確認された。長門の小説を読んでいる俺に長門は、 「その小説の二ページと三ページは、わたしが世界を改変した後で生じたエラーデータを不完全ながら解析し、その結果を書き綴ったもの。そのデータの正体は、今回の出来事によって……もう一人のわたしの記憶だったことがわかった。そして一ページ目は、あの世界でのわたしが書いた小説の一部をサルベージしている。尚、これもあの世界のわたしがもう一人のわたしの影響を受けて作成されたものと思われる」 俺の頭の中で七人の長門が騒ぎ立て始めていると、 「つまり二ページ目と三ページ目は彼の小説を見ていた長門さんの記憶であり、一ページ目は、その長門さんから今の僕達に向けられたメッセージだったというわけですか。つまり異世界の問題を解決するためには、完成型TPDDによって閉鎖された異世界へと渡れるようになった朝比奈みゆきさんに『鍵』を送り届けてもらい、まずはあちらの長門さんの記憶を取り戻すことが必要ということですね」 ……よう分からんが、古泉の解説によってやるべきことは判明したみたいだな。 「ええ、流石にあなたも気付いたのではないですか? これから、あなたがやるべきことにね」 スマイル古泉に対し俺は全てを納得した顔を向け、確認するまでもないだろうが、俺の出した答えを伝えることにした。 「ああ。どうやら俺は『いばら姫』の話になぞって、閉ざされちまった異世界を開放するためにあっちに行かなきゃならんらしいな。だから俺が鍵なんだろ?」 ………………。 静寂が広がった。 「ん? どうしたんだみんな? 驚いた顔なんかして」 古泉も朝比奈さん(大)も、長門でさえも目を丸くして信じられないといった表情を浮かべている。 俺はなにか間違ったこと言ってしまったのかなと不安になっていると、 「そうではない」 間違っていたようだ。否定句を飛ばした長門の横から古泉が、 「……一つお尋ねします。あなたが涼宮さんと共に過ごしてきた時間には、実は普遍的なピュアラブコメディの側面があったことにお気づきですか?」 「何言ってる。それはお前が、俺達に内緒で密かにそんなのを繰り広げてたっていう話か? 世界存続のかかった野球大会だったり無限ループの夏休みが、一体どんな見方をしたらラブコメになるってんだ」 「説明しましょう」 古泉はどこか若干嬉しそうに、 「時系列的に順序立ててお話すれば、涼宮さんは、野球大会ではあなたの活躍を見たいと思い、あなたを四番にしましたね。そしてエンドレスエイトの無限ループはあなたの家で遊んだ後に開放されていて、それはつまり、涼宮さんはあなたの家で遊びたかったということを示しています。……そして前回の機関誌では過去のあなたの恋愛話を知りたいと願っており、つまりこれまでの涼宮さんの行動には……恋する少女特有の、複雑な心境が反映されていたのですよ。しかも涼宮さんの望みは、時を経るにつれて順調にあなたへと近づいてきている。そうやって考えてみたうえで、今回の異世界の創出では何を望んだのだと思いますか?」 …………沈黙する俺に、古泉はハッキリとした声調で、 「ズバリ、自分に対するあなたの『気持ち』を知りたかったのです。そして異世界は、これを涼宮さんが知ろうとした結果、情報創造能力のパラドックスに陥ってしまったがために生まれてしまったのだと考えられます」 「……それは佐々木も言っていたような気がするが、そのパラドックスというのはなんなんだ?」 「簡単なことですよ。告白する際、それを行う側としては、嘘偽りのないちゃんとした相手の本音を聞きたいものであると同時に、自分を拒否されたくはないとも願っている。いえ、むしろ受け入れてもらいたいという方向への考えが強いでしょうね。そこで自分が、己の願望が叶ってしまう能力を持っていたとしたらどうです? その者は、好きな人の本音を聞きたいがノーという返事は聞きたくないという願いによって、結果的に相手の本当の気持ちを知り得なくなってしまいます。好きな人と心から結ばれるためには、惚れ薬を飲ませて返事を貰うようなことでは自分が納得出来ませんからね」 「……つまり、ハルヒは俺の、あいつに対する気持ちを知りたいってことなのか?」 「恐らくはね。そしてそれこそが、今回の涼宮さんの願いだったというわけです」 今になってようやく僕も気付きましたよ、と自らを揶揄するように言って古泉は言葉を終えた。 そして……俺は考える。 「じゃあ、俺のやるべきことは……」 「あなたの気持ちを、涼宮ハルヒに伝えること。そしてその方法は、喜緑江美里が生徒会側からこちらに行動を促したことによって、涼宮ハルヒ自身が既に提示している。これを達成すればこちらの問題も解消され、異世界の問題を解消する『鍵』にもなり得る」 「…………」 ――どうやら俺は、幸せの青い鳥の居場所に気付いていなかったみたいだな。 答えはいつも、俺の胸の中にあったんだ。 「……これで全部繋がった気がするよ。ハルヒが俺達に自分の詩を書かせようとしていたこと、そして、これまでの一連の流れがな」 そうさ。俺は自分に課せられたポエムを完成させなけりゃならないんだ。 それは、他の奴らにやらされることじゃない。 俺が自主的に、そう望んでやることだ。 ハルヒはずっと待っていて、待たせていたのは俺であり、今だってあいつは俺を待っているんだ。 だから俺は、俺にとってハルヒってやつはどんな存在なのかってのをそろそろ伝えなきゃならない。だってさ………、 これ以上ハルヒを待たせちまったら、どんな罰ゲームが俺を待っているかわからないだろ? 「……そうか。じゃあ長門、今日は二人そろって遅くまで居残り決定だな」 やっと見えてきた目標に向かって頑張ろうと長門に求めると、 「わたしはしない」 と言われた。目が点になった。 「わたしの分はもう完成しているから。でも、あなたが付き合ってくれというのなら拒否はしない」 その台詞は別の機会に言って欲しいね。お前からそう言われて喜ばないやつなんかいやしないぜ。 「あ、先輩ひどいっ。早速浮気してちゃダメですよっ? 涼宮先輩に言っちゃいますからねっ」 ひどく恐ろしいことを朝比奈みゆきが言っている。すると古泉が、 「ふふ、まだ厳密には浮気だと決まったわけではありません。それに、例え彼の意思がなんであろうと涼宮さんは納得してくれるでしょう。彼女は強いようにみえて脆くもありますが、全てを認め受け入れることの出来る聡明さを備えている人ですから」 とか言いながら、あなたの答えは既に分かっていますよといった顔で俺を見てくる古泉。 「……長門。良かったら、お前の完成した詩を見せてくれないか?」 俺は古泉に対してなんの反応も出来なかったため、古泉の視線を無視することにして長門へと話しかけた。 そして俺は長門から渡された一枚の用紙に目を向ける。 ついぞ完成した長門の詩の内容は、これまたなんとも独創的で俺の理解が及ぶものではなかったのだが、それは以前の長門の小説を締めくくっているように感じられた。 ……あと、一つ言い忘れていたことがある。 これは俺が先程元通りになった機関誌を読んでいたときに気付いたのだが、長門の小説のページからは無題という文字が消え、三枚それぞれに、極短い単語ながらもちゃんと題が記されていた。ページ順にどう書いてあったのかを言えば、それは――――。 『雪、無音、窓辺にて。』 そして今回の長門の詩の題名は……。 何となく、長門が自分の意思で己の歩む道を決めたことの大きさと決心を物語っているような気がした――。 「…………」 と、回想はここまでで十分だろう。 そんなこんなで昨日、俺は自宅に帰ってからも夜遅くまでポエム制作に身を乗り出し、やっとの思いでポエムの完成にこぎつけたってわけさ。 ちなみに、俺は完成したポエムを読み返していない。 それはポエムが書きあがったのと同時に封筒に入れて机の中に仕舞い込んだためであり、なぜそんなことをしたのかといえば、これは深夜のラブレター作成理論に由来する。 恋という題目で俺が書いたポエムは、その、なんだ。はっきり言ってしまえば……今までの生活で、俺がハルヒのことをどう思っていたのかってな内容になってるんだ。 そんな恥ずかしいものを朝の俺が見てしまえばそれは世界の終わりを見るようなもので、顔を真っ赤にした俺が「さよなら世界!」と言いながら紙を破棄し、世界との運命を共にする方を選んでしまう恐れがあったからな。 ……あと、これは言わなくても良いことかもしれないが、俺のポエムは妹が持っていたパステルカラーの便箋に書かれており、封筒もそれにあわせた若干可愛らしいものとなっている。 どうしてそれを選んだのかといえば……まあ、なんとなくとしか言いようがないのだが。 「……あら、キョン。早いじゃない。珍しいこともあるもんだわ」 ――ハルヒがやってきた。 「……ああ、前に一回あったくらいだっけ。俺が一番乗りだったのは」 「たしか、あんたが妙なことを言いだしたときよね。有希やみくるちゃんが……」 「俺が何か言ったのか? まるっきり思い出せないんだが」 鮮明に、かつ明確に覚えている。 あのとき俺はハルヒにみんなの正体を語っていたんだ。 今思うとなんて迂闊だったんだろうと恐ろしい思いでいっぱいになるね。 「まあいいわ」 とハルヒは周囲を見回し、 「他のメンバーは? いつもこの時間には全員揃ってるはずだけど。なにか知ってる?」 「いや、俺も知らん。一体どうしたんだろうな」 と、これは本当だ。俺はいつもより早めに着いた方ではあるが、あいつらの姿は欠片も見かけなかった。何処かで待ち伏せしてるわけでもなさそうだ。 「ま。集合時間までにはもうちょっと余裕があるし、そのうちやってくるでしょ」 それより……、とハルヒは眉間にしわを作って、 「あんた、ちゃんと詩は書いてきたんでしょうね? 昨日の宣誓がちゃんと果たされているか、あたしが早速確認したげる。ほら、早く提出しなさいよね」 「そう急かすなよ。ちゃんと書いてきてるからさ。これでいいか?」 ほい、と俺は封筒を差し出す。ハルヒはそれを見ると、 「ふうん? やけに可愛らしいわね。レターセット? どうしたのよこれ?」 「妹から貰ったんだ。コピー用紙を持ち歩くのもなんだと思ってな。別にいいだろ?」 「いいけど、なんだかこれって……」 ――やっぱりなんでもない。と何やらはぐらかすハルヒ。 そして俺の手から手紙をひったくるのと変わらぬくらいに封筒を開き、中に収納されていた便箋に注視する。 「…………」 俺の書いたポエムを読むハルヒはどこまでも無表情だった。 やがて顔を上げると、 「……んー、見た目もそうだけど、中身もやっぱりラブレターっぽいわね」 「なんでだ?」 「だってそうじゃない。これが告白以外の何になるのか、逆にあたしが聞きたいくらいだわ」 ポエムの内容が……と言いながらハルヒは視線を手元の便箋に落とし、 「……あなたとの日常を振り返ってみたら、ようやく、あなたのことが好きだっていう自分の気持ちに気付きましたなんて……」 「……確か、宛名のないラブレターには何の意味もないんじゃなかったか?」 からかうような口調で答える俺に、ハルヒは納得出来ない自分を納得させるように、 「……そうね。まるで夜更けに書いたやつみたいに言葉を羅列しただけの支離滅裂な出来だけど、これはこれで恋のポエムって感じなのかな。でも……」 ハルヒは片手に便箋と封筒を持ち、ポエムの書かれている文面を俺に突きつけて、 「……これ、誰に言ってるの?」 「誰とはなんだ」 「う……」 ハルヒは少し怯んだ様子を見せた。 ――まあ、ハルヒが言いたいことはよく分かる。前回のミヨキチの小説と同様にこれは俺の実体験を元にしているであろうから、このポエムの登場人物にもモデルがいるのではないか? ということだろう。実際、それは間違いじゃないしな。だから、俺は………。 「ハルヒ?」 「な、なによ……」 「お前が手に持ってる封筒なんだが、ちゃんと見てみたらどうだ?」 「………?」 ――こういうときは、意外と相手の言葉の意味に気付かないものだ。 ハルヒは全くの受身で俺の言葉に従い、手に持っていた封筒をヒラリと裏返す。 そしてそこに書かれている文字に視線を落とし、しばらくそのまま押し黙っていた。 さて。 俺がそこに書いたのは、恐らくハルヒ自身が一番見慣れているものだ。 ハルヒは今、封筒の裏側に書かれているそれを見ながらどんなことを思っているのだろうね。 ――宛名の欄に記されている、自分の名前をさ。 「……キョン?」 「なんだ?」 ハルヒは視線をそのままに、小さく俺へと話掛けてきた。 ……そして、今まで自分が抱えていた不安を一気に押し出すかのように、ハルヒは語り出した。 「……あたしね、今まで、自分の存在っていうのはとてもちっぽけなものだって感じてた。自分が沢山の人間の中の一人に過ぎないんだっていうのを実感したとき、自分の世界がいかに普通かってことに気付いたあたしは、逆に世の中にはあたしの想像もつかないような面白い出来事を体験してるような特別な人がいるんじゃないかって考えたわ。……だからあたしは、宇宙人や未来人や超能力者なんかと友達になりたいってずっと思ってた」 ここで顔を上げ、俺をその大きな瞳で捉えると、 「けどね、SOS団のみんなと出会ってから、その考えは変わったの。実は最近、もしかしてあたしには特別な能力があるんじゃないかって思うようなことがあったんだけど、でも……それはあたしが望んでたことだったはずなのに、なんだか嬉しくなくて、むしろ不安になった。なんでそんな気持ちになったんだろうって考えたら、意外と早く答えは見つかったわ。あたしが特別な存在になる、それってね、今までの普通だったあたしを否定しちゃうことになるのよ。特別な存在なんかを求めることだって、今まで好きだった友達を否定しているのとなにも変わらない。――まあ、つまり何が言いたいのかって言えばね……」 ここまでを話し終えたハルヒからは憂鬱な感情が消え、そして、俺の目が眩んでしまいそうな程の微笑みをこちらに向けて――――、 「あたし……SOS団のみんなと、キョン。あなたに出会えて良かった」 ふんわりと作られた笑顔の端には一粒の涙が零れ出し、それはまるで、灰色の雲に覆われた空の後に訪れる晴々とした太陽のように眩しく、輝いていた。 ……俺がしばらく見とれるばかりであったとき、ハルヒは手で自分の目元を一回だけ拭うと、 「ちょっとキョン! ぼーっとしてるヒマなんてないんだからねっ! ほら、早く探しに行かなくちゃ!」 今まで以上に元気な声で言い放つと、ハルヒは踵を返してそそくさと歩き出してしまった。 「ちょっと待ってくれ」 この言葉でハルヒは進むのを止め、俺はその場に立ったまま、 「それって、宇宙人や未来人や……超能力者をか?」 手を伸ばしたまま質問する俺に、ハルヒは何を言ってるのよといった表情を浮かべ、そして今までよりもためらいのない百ワットの得意顔を作り――心地の良い意気を込めて、こう言い放った。 「有希とみくるちゃんと、古泉くんに決まってるじゃない!」 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/863.html
プロローグ Birthday 「はーい。どうぞー」 ドアを開けると、ちょこんとパイプ椅子に座ったメイドさんが笑顔で出迎えてくれた。先日会ったばかりなのに、ますますかわいく見える。久しぶりのメイド姿は俺を満足させるのに十分だった。 「お茶煎れますね」 カチューシャをちょいと直しながら立ち上がり、コンロに水を温めにいく。上履きをパタパタとして歩くのは未だ変わらないが、お茶を煎れる動作は滑らかで、一年という時間の経過を感じさせてくれる。 俺はいつもの席に座り、いそいそと嬉しそうにお茶を煎れる優美な御姿を眺め、一人悦に入っていた。 俺が朝比奈さんの殺人的なまでに愛らしい後ろ姿をぼんやりと眺めていると、 「こんにちは」 ドアの前で鞄を脇に抱えて立っているのは古泉だ。如才のない笑みと柔和な目はSOS団に入ってから全くといっていいほど変わっていない。どうしたらその顔をキープできるのかね、後でコツを聞いておくのも悪くないかもしれない。 「こんにちは」 朝比奈さんは古泉に向かって優しく挨拶を交わす。古泉は俺の向かいに座ると、 「涼宮さんはまだいらしてないようですね」 「なにか用事があるから先に行けだとよ」 そうですか気になりますね、と古泉。確かにこのパターンは何か厄介ごとを持ち込んでくる可能性が高いからな。何もないといいのだが。 それはそうと、部室の付属物となっている長門はテーブルの隅に座ってページを繰っていて、さしずめ春に咲いたコスモスといったところだ。すまん、正直俺も意味分からん。 今は四月の半ばで、低空飛行を続けていた俺の成績でもなんとか進級し、朝比奈さんを除く、SOS団のメンバーは全員二年生になった。ホワイトデーのお返しやら、春休みにはイベント満載だったが、進級してからというもの事件らしい事件は起きていない。こうやって、テンプレートでダルダルな謎の集団を演じているわけだ。 ハルヒが来るまで古泉と将棋をやって時間を潰すことにした。このハンサム面は大変アナログ好きである。事あるごとに俺に勝負を仕掛けてくるほど積極的なのだが、いかんせん弱かった。大局を見据えるという能力が欠如しているようで全く張り合いがないし、まあそれはそれで勝ち続けるのも気分が良かったりもするのだが、こいつの頭の良さからすると負けるのも胡散臭く映り、わざと負けているのではないかと気分を悪くしたりもした。俺は『穴熊』の戦法で駒を動かし、古泉は適当という感じで進行している。まあ、これは俺の勝ちだな。俺が盤上を睨み付けていると、 「早くおかないのですか」 「ああ、分かってるよ。だがな、一手一手対処してるようだと、一生勝てんぞ」 「全くです」 古泉はお決まりのニヤケハンサム面で肩をすくめる仕草をした。意味もなく似合っていて、意味もなく腹立たしい。 「どうも僕には大局を見る能力がないようですね」 古泉は自分の王将の位置を確認すると、苦笑いをした。 しばらくすると、朝比奈さんがとてとてとお茶を運んできてくれた。 「お茶です。どうぞ」 可憐な手つきで俺の前にお茶を置く。朝比奈さんが俺をその無垢な瞳でじっと見つめているのに気づくと、俺は慌ててお茶を飲み、 「おいしいですよ」 朝比奈さんはニコッと笑い、俺はニマッと笑った。このいじらしいほどの笑顔を抱きしめるのを何度我慢したことか。断じて抱きしめたことはないからな。 「古泉くんもどうぞ」 「ありがとうございます」 そして長門の前にも置く。うさぎのようだ、と形容するのが一番しっくり来る動作だ。もう一年も経つんだがな、未だ長門に俺には分からない恐怖を感じているようだ。当人は微動だにせず、俺が一生発しないだろう言葉が羅列された題名の本を読み耽っていた。手を動かすことがなかったら、生死の判断は危ぶまれるほど陶器と化していた。お前は本を読まなければ死ぬのか?いまさら反応されてもまた何か悪いことが起きるんじゃないかと邪推してしまうからこれはこれでいいんだが。 この緩やかなに流れる時間を俺は気に入っていた。暴走する団長様をめぐる不思議な冒険の間に存在するこんな時間がなければ、おそらく俺は一ヶ月と持たず入院することになるだろう。 奇特な方でもない限り、平和と平穏を望むだろうし、奇妙な事件や出来事は時々で十分だ。普通な時間、モラトリアムな時間を満喫するのが人間としてのあり方ってもんさ。 俺がこの部室に流れる柔らかな時間に頬を緩めていると、 そいつは壊れるほどの勢いでドアを開け、登場した。 バンッ、という音ともにその奇特で普通を望まない人は春だというのに夏のうるさい日差し並みに笑顔を輝かせて、完全にオープンしたドアの前で立っている。後ろには、やったわよ、みたいな顔をした鶴屋さんも付いてきていた。今度はなんだ。宇宙戦争がしたいとか言い出すなよ? 「朗報よ!」 お前の朗報とやらがSOS団、特に俺と朝比奈さんにとって朗らかな報告となったことなど一度もない。 「鶴屋さんが場所を提供してくれることになりました」 ハルヒは俺の意見を完全に無視した。もう分かっている。このSOS団にハルヒに意見をいうやつがいないということを。俺がハルヒのお守りを任せられているのはすでに細胞レベルまで刻み込まれているからな。遺伝子レベルまでいかないことを切に願う。 「なんのだ」 ハルヒはこれ以上できないであろう満面の笑みでこう宣言した。 「決まってるじゃない! お花見よ!」 いつ決まったんだ。俺は日本国憲法に照らし合わせてみたがそれらしい条文は見つからなかった。だが、ハルヒの言うことも分からんでもない。春にお花見をすることは特別変わってはいないし、ハルヒのイベントに対する目ざとい性格でなくても、まああるだろうなぐらいには予想していたさ。ハルヒにしてはまっとうなものを持ち込んできて、溜息をつく予定が大幅に狂ったが、朝比奈さんの手作り弁当にありつけるかもしれないんだから、歓迎しようじゃないか。よくやった、ハルヒ。 ハルヒは団長椅子にどかっと座ると、 「みくるちゃん、お茶」 「あ、みくるーっ、私もお茶頂戴っ」 「あっはいはいっ」 朝比奈さんはやかんのもとへパタパタと駆け寄る。急須を手にした朝比奈さんは団長専用の湯呑みと、すでに鶴屋さん専用となった客用湯呑みに注意深く煎茶を注ぐ。小間使いにされているのになんだか嬉しそうにしていた。 「どうぞ」 朝比奈さんが団長机にお茶を置こうとすると、ハルヒは湯呑みを奪い、ものの五秒で飲み終わらせた。お前はもっと味わって飲めないのかと考えていると、 「お花見については鶴屋さんが説明してくれます。あたしもまだ詳しくは聞いていないのよ」 ハルヒは言い終えると、鶴屋さんのほうを見た。合図だったのかは分からんが、鶴屋さんは座っていたパイプ椅子から立ち上がると、テーブルに手を置き説明を始めた。 「まかせてっ。えーっと、いつもは会社の人と行っていたんだけど、今年は中止になったから、それならハルにゃん達と行こうかなって思って。雪山も面白かったし、今度もどうかなって思ってさ。どうにょろ?」 「それはどこにあるんですか?」 俺はとりあえず尋ねる。 「電車で一時間ぐらいかな。ちょっと山奥に入った秘境みたいなところなんだけど、それだけの価値はあるさっ」 山奥、秘境?そんなハルヒが諸手を挙げて賛同するようなワードが列挙するような場所で花見を?近場じゃダメなのか?まあ、鶴屋さんが勧めるほどのところってことは価値のあるものだろうが。 「素晴らしいわ!」 ハルヒは目を輝かせながら言った。 「魔境なんてSOS団にぴったりの場所じゃない!」 ハルヒは秘境を魔境という存在しないものへとグレードアップさせた。こいつの頭には都合の良い事は誇張されるようにできているらしい。いまどき魔境なんかゲームの中か、胡散臭い祈祷師しか考え付かないだろうよ。この狭い島国のどこに魔境なんてあるのかね。あるのはハルヒの頭の中だけで十分だ。 「それじゃあ決定ね。キョンはビニールシートを持ってきて。大きいやつよ」 「ああ、分かった」 「やけに聞き分けがいいわね。気持ち悪い」 気持ち悪いは余計だろ、とは思ったが、今回は楽しめそうだからな。大目に見といてやるよ。 「ふん。まあいいわ、団長命令は絶対だもんね。キョンも分かってきたじゃない」 ハルヒは俺をじとっと卑下するように見ながら言う。その後ハルヒは各自に準備するものを言い付けると、今日はもう帰る、と言ってそそくさと部室をあとにした。 さて、お気づきの方もいるだろうが、種明かしでもしようか。今回のお花見は古泉主催のミステリツアーではなく、宇宙人的、未来人的でもない。ごく普通に企画されたサプライズイベントなのだ。いっとくが、鶴屋家の土地でやるのは本当だ。朝比奈さんのお弁当もな。それだけを楽しみに生きている俺もどうかと思うが。 「あれでよかったのかいっ?」 「ええ、最高でした」 古泉は人畜無害な笑みを鶴屋さんに向けて言った。 「普通のお花見でもよかったんですが、涼宮さんは普通を大変嫌うお方です。確実性を上げるための秘境という設定はどうやら成功のようですね」 「そのようだな」 俺は嬉しそうにしている古泉に言ってやり、部室を見回した。 時計を見るともう五時を回っていて、部室は夕暮れに包まれていた。太陽と大気が織り成すオレンジ色が部室を染め、窓際に近い長門を照らし出した。それが長門の透き通るような白い肌に溶け込んで奇妙なほどに似合っていた。朝比奈さんは朝比奈さんで、部室専用のメイド姿でお盆を胸に抱え、満面の笑みで鶴屋さんと談笑していた。仲良しの友達同士(しかも美人同士)が語り合う姿はこの上なく優美であったし、今回のサプライズイベントには自分も役に立てると嬉しそうだった。古泉はというと、サプライズイベントを大いに盛り上げるための策略(SOS、命名俺)を練っているようでもう負けは確定した将棋には目もくれなかった。俺はみんな様子を一通り眺め終わると、部室の片隅に座る寡黙な少女をなんとなく見つめていた。 「まあ、楽しみにしといてよっ。桜が綺麗なのは本当だからさっ」 「本当にありがとうございます」 「いいよいいよっ。楽しみにしてるし、わたしも面白いことをしたいのさ」 長門がパタンと本を閉じると、俺達は帰り支度をし、部室を出た。古泉が集合場所と時間を言い、俺達は別れる。別れ際、長門が俺をじっと見つめてくるので何かと思い尋ねたら、 「……何がいいのか分からない」 「長門が一番気に入っているものでいいんじゃないか」 「……そう」 長門はそれだけ言って、俺と長門はそれぞれの家路についた。帰り道、俺自身もハルヒに何を買うべきか考えていなかったことに気付いた。そもそも、金が無いし。どうするか、当日までには買っておかないと。 当日、空は雲ひとつ無く、小学校の頃の遠足みたいに気分が高揚するのは悪くなかった。ハルヒに振り回されるわけではないし、むしろこっちがはめてやろうってことだからな。楽しくもなるさ。 悲劇は繰り返すということを俺は忘れていた。今回はシャミセンもいないし荷物も少ないから大丈夫だろうと安心しきっていたのが裏目に出て、家を出るときに偶然リビングから出てきた妹に見つかり、例のごとく妹の妨害工作に時間を食わされた。具体的にはまず甘え、それが無理だと分かると途端に駄々をこね、しまいには泣き出す始末で、その泣き声に親が気付いて止めに入り、さらには親にも苦情を言われるという最悪のコンビネーションをなんとか脱したが、時すでに遅しとはこのことで、罰金になるのに行かなければならない規定事項は俺の気持ちを暗澹とさせた。 鶴屋さん推薦のお花見スポットは車で二時間というちょっとした小旅行だ。車は古泉が手配してくれることになっていた。おそらく荒川さんと森さんだろう。車での移動なので集合場所までは歩いて行かなければならなかった。時間が無いときの徒歩は焦燥感に駆られるもので、走り出したくもなったがすでに諦めムード漂う俺はわざとゆっくり歩いていった。 集合場所の駅に着くと、すでにSOS団の面々はそろっていた。鶴屋さんはまだ来ていなかった。朝比奈さんは大きめのバスケットを抱えていて、あの中にたくさんの幸せが詰まっているのだと思うと、思わずにやけてしまった。ハルヒが俺の遅刻のことを咎めたりはしなかったのは、きっとハルヒ自身も今日を楽しみしていたからだろう。朝比奈さんとじゃれあっているのを見るとどうやらそのようで、 俺のことは全く目に入らないようだ。長門は制服ではなく白のワンピースだった。袖がひらひらした形のだ。身体が細く、胸もあまりない長門にはしっくりくる。 朝比奈さんは俺に小走りで近づいてくると、 「『行けなくなっちゃったのは残念だけど、キョン君達はめがっさ楽しんでくるっさ』と伝えてほしいって」 おずおずと上目づかいで俺に伝えた。 「そろそろ車が来る時間ですね。移動しましょうか」 壁に寄りかかっていた古泉が俺たちに微笑み混じりで呼びかけた。 「良かった間に合って」 「涼宮さんの機嫌が良くてよかったですね。これほど遅れるとおそらく三回は罰金になっていたでしょうから」 古泉は俺を笑いながら見つめると、 「それはいいとして、みなさん移動しましょうか。車が到着したようですよ」 ハルヒと朝比奈さんの返事を聞くと、俺達は古泉の後を付いていった。 路肩に止まったのは雪山でもお世話になった二台の四駆だった。中から出てきたのも見覚えのある二人組だ。 「お待ちしてすみません。今日もよろしくお願い致します」 深々と腰を折る狂気の執事と、 「よろしくお願いします」 年齢不詳、過激派の怪しいメイドさんである。 「今日はよろしくね」 ハルヒが右の親指を立て、ビッと腕を伸ばしながら言った。いい加減ガキのお守りばかりしていて疲れないのかと俺が心の中で二人を労っていると、 「では、乗りましょう」 しゃしゃりでた古泉がいうと、男子と女子に別れて乗り込んだ。男子は荒川さんに、女子は森さんにだ。ハルヒに文句を言われてもいやだからな。朝比奈さんや長門と二人になったときに何されるか分からん。 車に乗り込むと車独特の匂いが喉の辺りに広がった。古泉は先に乗り込むと窓の外に視点を固定させ、なにも話す気はないらしい。まあ、俺も古泉と話す必要はないがな。古泉との二時間ばかりの車の旅は何の起伏もなく、外の風景も同じものの繰り返しだったし、朝比奈さんの弁当の中身を考えているほうがまだ建設的というものだ。しかしそれも長くは続かず、車の振動をゆりかご代わりに、俺は深い眠りへと落ちていった。 … …… ……… 「起きてください。到着しました」 俺が朦朧とした意識をなんとか叩き起こすと、古泉の笑顔が近くにあった。 「顔が近いぞ、気持ち悪い」 寝起きに野郎の顔が近くにあったときのしょっぱさはなんとも言えない。……というより語りたくない。 「またご冗談を。さあ、降りてください。少し歩きますよ」 古泉は微笑を湛えたまま、俺に呼びかける。車から降りると、ハルヒは口を一文字に結び腕組みをして立っていた。こりゃ、明らかに怒ってるな。 「ちょっとキョン! 私が寝てないっていうのになんであんたが寝てるのよ!」 いつから睡眠が許可制になったんだ。戦時中じゃあるまいし、行動の自由ぐらい俺にだってあるだろうが。 「ないわ!SOS団での活動は団長の意思が最優先されるの」 「ないってお前」 俺がハルヒにとってフランス革命とはなんだったのかと考えていると、 「まあまあ、せっかくのお花見ですし、穏便にいきましょう」 古泉は俺達を取り成した 「これから山道を歩きます。足元には気をつけてください」 「私でも大丈夫ですよねぇ……?」 朝比奈さんは身体をいじいじしながら古泉を上目遣いで見つめた。 「もちろんです。そこまできつくないですから」 古泉は朝比奈さんに笑顔を向けると、朝比奈さんは顔を赤らめた。 「は、はいぃ」 おい、その反応なんかむかつくな。 「では、私たちはここで待たせていただきます」 「ありがとうございました」 古泉がそういうと、俺達も頭を下げ感謝の言葉を述べた。荒川さんと森さんは深々と腰を折ると、顔を上げ、 「帰りもここでお待ちしています。時間は古泉が知っていますので気になさらず楽しんできてください」 「分かったわ」 ハルヒは笑顔で頷くと、 「それじゃあいきましょ!」 山道への入り口へと歩き出した。古泉は肩をすくめるポーズをすると、 「やれやれ、では行きましょうか」 俺達はネズミを追いかける猫のようにハルヒの後を追った。 朝から(といっても、もう昼になるが)山登りというのもこたえるもので、というのも一番後ろを歩く俺がほとんどの荷物を持たされているからだ。鶴屋さんの言っていた通り、周りの風景も秘境というにふさわしい陰鬱とした雰囲気で、いつになったらつくのかという猜疑心が俺を疲労させた。 前を歩く朝比奈さんの重い足取りを眺めながら、応援しながら、列の真ん中を飄々と歩く長門が肩からかけている水筒が似合っていることに気付いた。先頭のハルヒの後ろを歩くやけに後ろ姿が格好いい自称エスパー戦隊を恨みつつ、山道をピョンピョンと登っていく「男は女性の荷物を持つものよ」とか訳の分からん理由で俺に荷物を持たせているハルヒの背中を睨み付けた。 山道の左手は空が広がっていて、右手にはブナのようなそうでないような木々が立ち並び、ちょっとした日陰を作った。そうこうしているうちに俺達は目的地についた。そうこうというのはいつまでも終わらない山道がエンドレスに続いているような気がして、ただぼんやりと山道を登ったためだ。RPGでよくある、ある条件を満たさないと抜け出れない無限階段を現実でやっている感じだ。帰りは瞬間移動の呪文でも使って帰りたいものだ。 俺達は山道を抜け、ちょっとした広場に出た。エデンの園ってこんな感じかもなと感じさせる桜以外何もない不思議な空間だった。 「ここです」 古泉が後ろを振り返ってそう言った。 俺達は言葉を失っていた。数分ぐらいは立ち尽くしていたと思う。普段見ている桜とは違い、山桜だった。妖麗という言葉がぴったりの木々が、ちょっとした広場を埋め尽くし、濃いピンク色の花びらが舞って、俺達を包んだ。隣に並んで眺めている朝比奈さんと桜の花びらは絶妙だ。長門は花びらを掌の中で観察している。そうだ、この世界にもハルヒを黙らせることができるものが存在したんだな、とか柄にもないことを考えながら、俺は優美に舞う花びらを見つめた。ハルヒもただぼんやりと山桜を見つめていた。古泉? パス。俺達はしばらくの間、黙って立ったまま眺め続けていた。 「キョン、シートをだして敷きなさい」 ハルヒは俺を指差し、命令した。 分かってるよ。命令を聞くのも今日だけだかんな。 「ちょっと有希、なにぼーっとしてるのよ」 「綺麗」 「へぇー、有希でもそう思うものもあるのね」 長門は返事をしなかった。 俺がビニールシートを古泉と広げ終えるやいなや、ハルヒはシートに寝転がり伸びをした。 「うーん!やっぱり気持ちいいわねお花見って」 「そうですねぇー」 朝比奈さんはシートの端の方にちょこんと座って、ハルヒの戯言に返事をした。笑顔の返事がなんとも愛らしい。 「有希もそんなところで立ってないで、座りなさいよ」 さっきから山桜の近くで立ち尽くしていた長門はそろそろと俺達のところへと来て、俺の左側に座った。なぜだろう、ハルヒは明らかに不快な顔をし、朝比奈さんに命令した。 「みくるちゃん。お弁当を出して」 「は、はい」 朝比奈さんは俺を見つめた後、俺の横に置いてあったバスケットを指差した。俺は円状に座っているSOS団のメンバーの真ん中にバスケットを置いた。開けるのは朝比奈さんがいいだろ? 「じゃあ、みなさんどうぞ。おいしくなかったらごめんなさい。いっぱい作ってきたんでよかったら食べてくださいね」 「おいしくないわけないわ。なんたってみくるちゃんの特製だからね。あ、そうだ! 今度みくる弁当でも販売しようかしら。一個千五百円ぐらいで。中身は適当でいいわ。どうせ男どもはみくるちゃんが作ったものならなんでもいいはずよ」 お前はどこまで男どもから金を徴収すれば気がすむんだ。しかも千五百円という微妙なライン。月に一度だったら俺も買ってもいいかもしれない。ハルヒの商人魂に感服しながら、おどおどとする朝比奈さんの為に早く口にしたほうがいいかもしれないなと思った。まあ、ここは団長様から食べさせないと殴られそうだから、俺はハルヒが食べるのを待ちつつ、朝比奈さんの作るものまずいものなどありません。泥団子だろうが笑顔で食べる所存であります。なんてことを考えていたわけだ。 その後俺達はすぐに朝比奈さんの弁当で舌鼓を打った。まずいなんて謙遜なされていたが、全くの逆で俺の最初の直感どおり、幸せの味がした。その幸せを破壊するがごとくハルヒと長門による大食い合戦が展開され、それに俺はむりやり参加し、幸せを奪還するという偉業を成し遂げた。 食事が終わると俺達はなにをするでもなく寝転がり、その妖麗な山桜たちとぽっかりと空いた空間から見える春の空を眺めた。取り込まれそうなほど澄み切った青空で、ピンクと水色という柔らかい色合いが俺の眠気を誘った。しかし、ここで眠るわけにはいかない理由があった。そう、そもそも花見はついでであって、本来の目的はハルヒのためのサプライズパーティーなのだ。遂行しなければここまで来た意味はないのだが、この桜を眺めているとそれだけで価値のあるものだと感じてしまっていた。さすが鶴屋さんのお薦めだけあるな。けどそろそろやらないと時間も無いなと考えている自分に気付き、さっき食べたのにプラスしてますます胃が重くなった。 やれやれ、団長さん喜んでくれよ? 「それではそろそろ始めましょうか」 古泉が音頭をとる。 「古泉君、なにか用意してるの?」 ハルヒの顔は日差しに負けないくらい輝いていた。 「いえ、私だけではありません。みんなで用意したものですよ」 「なにそれ?」 ハルヒだって気付いているだろう? 今日が何の日なのかぐらい。 みんなでいっせいに言った。 朝比奈さんは控えめに、長門はぼそりと、古泉は大げさに、俺はさりげなくだ。 「ハッピーバースデー!ハルヒ!」 俺達は隠し持っていたクラッカーを鳴らした。破裂音と共に紙が飛び出るタイプのだ。山奥で鳴らすクラッカーはものっそいシュールなもので、アンドレ・ブルドンも魚が溶けすぎて困るぐらいだった。 「え、ちょ、ちょっとなんで知ってるのよ!」 ハルヒは困ったような、怒ったような顔を浮かべた。 「そんなことどうでもいいだろ? この日のためにせっかくみんな準備してきてんだから」 俺はハルヒを諭すように言った。 「え、まあそうだけどさ、え、でも……。祝うなら祝うっていいなさいよね!」 「それじゃあ、つまらんだろうが」 「そ、そうだけど」 「それじゃあ、プレゼントの贈呈にでも移りましょうか」 古泉が仕切った。 「プレゼント?」 「誕生日プレゼントに決まってるだろ」 「分かってるわよ! さっきからキョン偉そうよ!」 慌てるハルヒは今世紀最大の見物で、万博に行くより面白いものが見れたと俺は心から笑っていた。それに嬉しさを隠すのに精一杯のハルヒはとてもかわいかったしな。 俺達はハルヒの前に並び、クスクス笑いながら、ハルヒの普段見せない姿を堪能していた。 「では僕から渡しましょうか」 古泉は笑顔を見せるとリュックからラッピングされた小さな箱を取り出し、ハルヒに近づいた。 「お誕生日おめでとうございます。涼宮さん」 「あ、ありがとう、古泉君」 古泉はハルヒにプレゼントを手渡す。 「中は見てもいいのよね?」 「もちろんです」 ハルヒは丁寧に包装紙をはずした。 「あ、時計ね?」 高校生には不似合いな高そうな時計だった。 ハルヒが時計を着けていると、 「涼宮さんは時間を大事にする方ですので、今回は時計にさせていただきました」 古泉は目を細めながらそういった。 「そうね。ありがとう古泉君、大事にするわ」 「喜んでもらえて光栄です」 古泉は白々しい仕草をすると後ろに下がった。 「じゃあ、次はわたしですね」 朝比奈さんがハルヒにプレゼントを手渡した。かなり大きい袋に入っていた。まあ、そのブツを不慣れな山道を登ってへーこらいいながら持ってきたのは他の誰でもなく俺なんだがな。敢闘賞ぐらいはくれてもいいはずだ。 「みくるちゃん、なにこれ?」 「抱き枕です。それがあるとよく眠れますよ」 「なんかあたしがよく眠れてないみたいじゃない。でもいいわ、なんか肌触りもいいし、気持ちいいもん」 お前は一つ文句を言わんと、素直に貰えんのか。 「えへへ、よかったですぅ」 俺は抱き枕に抱きついて眠る朝比奈さんを想像し、真っ昼間からよからぬ気分になっていたのを告白しておこう。 次は長門の番だ。長門はそろそろとハルヒに近づき、包装されたプレゼントを手渡した。はい、それもってきたのも俺。 「どうぞ」 「あら、有希も選んでくれたのね。ん、本か。有希らしいわね」 「わたしの一番好きな本」 「そう、読んでみるわ。有希が薦める本だもん、おもしろいに決まってるわ」 ハルヒは長門に笑顔を見せると、長門はミリ単位で首を縦に振った。 「じゃあ、最後は俺だな」 「少しはまともなものを渡しなさいよね。でないと、すぐに捨てるから」 俺がハルヒに中くらいの紙箱を手渡そうとすると、ハルヒは俺の手からものすごい力で奪い取った。 「早くしなさいよ。じれったい! どれどれ」 ハルヒは巻いてあった包装紙をビリビリに破り捨て、箱を開ける。 「え、なんでカメラなの?しかもデジカメじゃなくて、旧式? あと入ってるのは写真立てね」 「デジカメならハルヒが持ってるし、まあなんだ、そういうレトロなのもいいかなと思ったんだよ。財政面ではかなりきつかったがな。それ以外思いつかなかったから」 俺が説明していると、ハルヒは笑顔で俺にカメラを向けた。 「俺を撮るな! それより、あとでみんな一緒にとろうぜ。今まで集合写真なんて撮ったことなかっただろ?」 「それもそうね」 ハルヒはうつむいて、何かを考えている様子だった。そして何か小声で呟いた。あまりの小声になんていったか聞き取れなかった。 「なんだ?」 思わず聞き返してしまう。大体分かるっているが。ハルヒの口から直接聞きたいだろ? ハルヒは腰に手をあて、一つ息を吐くと、 「ありがとうって言ったのよ! 本当ならキョンなんかに感謝の言葉なんか述べたくないんだけど、今回は特別だからね!」 なんでお前はそう素直じゃないんだろうな。 「どうでもいいでしょそんなこと。それよりなんでこんな山奥でやることになったのよ」 「では、僕が説明しましょうか」 古泉がしゃしゃり出てきて、説明を始めた。 「一つ目の理由はもちろん涼宮さんを驚かせるためです。 二つ目の理由は……」 くどくどと古泉が説明していたが、この説明は俺にとっては二度目なので聞く気になれなかった。それより俺には気になることがあった。こっちのが俺にとっては日本経済の行く末より気になることだ。 「長門、結局お前本にしたんだな」 「そう」 「しかも一番好きな本か、俺も読んでみたいな」 「わたしの家に来れば読める」 「そっか。じゃあ今度お邪魔することにしようか」 「そう」 長門は俺を見つめながら目視できるぎりぎりの動きであごを引き、花びらを散らせている山桜のほうに目を向けた。 「そろそろ帰りましょう。暗くなったら、山道は降りられないわ」 もう夕暮れが迫っていた。俺達は荷物をまとめ、山道を下った。同じ道をトレースし、荒川さんと森さんの待つ車へと向かった。 車まで辿り着くと、ハルヒは写真を撮りましょうと言って、荒川さんにカメラを渡した。 「では、いきますよ。ハイチーズ」 あの山桜のあった山をバックに写真を撮った。荒川さんの渋い声での『ハイチーズ』は大変心地良く、本職のように見えるのは気のせいだろうか? 俺達に「はい、笑って」は必要が無かった。そんなこと言われなくても満面の笑みがカメラのレンズに反射した。 パシャリという音が、今の俺達を切り取った。 帰りの車中は行きとほとんど変わらなかった。違いは古泉も寝ていることだろうか。荒川さんは運転が上手く、安定した走行を実現していた。カメラを取るのも上手い、運転も上手いときたらあとは何が上手なのか気になるところではあるが、荒川さんと言葉を交わすことなく俺は行き同様に睡魔に襲われ、いつの間にか地元の駅前に着いていた。 「おい、古泉起きろ。着いたぞ」 俺は古泉の肩を揺すると、古泉は普段見せない気の抜けた顔で返事をした。車から降りると、外はすでに真っ暗で街灯だけが明かりを放っていた。 「あー」 俺は声を出しながら伸びをした。ずっと同じ姿勢で寝ていたせいで身体のあちこちが痛い。古泉も降りると俺に習って伸びをした。 少し待っても森さんの運転していた車からハルヒ達が降りてこないので中を覗いた。案の定、ハルヒ達は車の中で仲良く寝ていた。真ん中に座る長門の右肩にハルヒ、左肩に朝比奈さんは寄りかかり、眠っていた。俺が車の窓を叩くと長門は起きていたようでこちらを向き、首を横に振った。俺が肩をすくめる仕草をすると、長門はゆっくりと頷いた。古泉を見ると、こいつもやれやれとばかりに肩をすくめてにやけた。だが、起きるまで待っていたら荒川さん達に迷惑がかかるのでここは強制的にでも起こさなければなるまい。俺はドアを開けると手前にいた朝比奈さんを軽く揺すった。 「ほえぇー」 朝比奈さんは訳の分からん言葉を発し、目を擦りながら目を覚ました。ごめんなさい、と謝ると朝比奈さんはすぐに車から降りた。あとはハルヒか。あいつは適当に大声出せば起きるだろ。 「おい、ハルヒ! 起きろ!」 俺が大声で言うと、ハルヒはビクッとして急に目を覚ました。 「お前、よだれ垂れてるぞ」 「垂れへないわよ」 ハルヒはそう言いながらも口を袖で拭いた。まだ、起きてないのか視点が定まっていない。 ハルヒは車から降りると、俺と同じように伸びをした。人間やることは同じなようだ。 「では私達は帰らせていただきます」 荒川さんと森さんが礼をして、それぞれの車に乗り込んんだ。ハルヒと朝比奈さんは去っていく車に手を振って見送っていた。 「じゃあ、今日はこれで解散ね。家に帰るまでが部活なのよ」 「そうですね。では、僕は帰らせていただきます」 「わたしも帰ります」 朝比奈さんは満足げな顔で言った。 長門は無言で俺を見つめ、それからおもむろに家路に着いた。 そして俺とハルヒは全員を見送った。俺達を街灯と月明かりだけが照らしていた。余りの虚脱感に家に帰る気力すらなかったので、ただぼんやりと立っていたわけだ。 「キョンは帰らないの?」 「いや、何か疲れてな。ま、家に帰って休むことにするさ」 それは一瞬のことだった。 ハルヒは俺の唇にそっとキスをした。 俺が混乱していた意識を取り戻すと、目の前でハルヒは俯いていた。 「今回の話、キョンが企画してくれたんだって?」 「ま、そういうことになるな」 「ありがとう」 ハルヒは顔を上げて上目遣いで俺を見つめた。光の加減なのか、顔は朱色に染まっていた。俺はその顔をカメラで切り取り、永遠に残しておきたかった。 「ねえ、あたしじゃだめかな?」 「なんだって?」 「………」 「………」 「なんでもない。忘れて。忘れなかったら全裸で市中引き回しの刑だから!」 ハルヒはそういうと駅に向かって早足で去っていった。 『ねえ、あたしじゃだめかな?』 俺は聞こえないフリをしたが、しっかりと耳にも心にも届いていた。答えられる自信がなかったから、聞こえないフリをした。そして俺も続けてしまいそうだったのだ。 「なあ、俺じゃだめかな?」 自問自答を繰り返した。俺はハルヒが好きなのか? さっきのキスもきっとハルヒは言葉や態度で感謝を示せないから、成り行きでやってしまったと俺は都合よく解釈することにした。 でもな、ハルヒ。今日は俺に感謝する日じゃないぞ。生んでくれた両親に感謝する日、育ててくれた両親に感謝する日なんだ。 ハルヒのキスの余韻と生温い風が本格的な春の訪れを告げていた。 誕生日おめでとう、ハルヒ。 こんな風に満たされた春の日に生まれたであろうハルヒを思い、俺は家路を急いだ。 chapter.1
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1629.html
ハルヒ「明日は個人的な理由によりSOS団恒例の不思議探しは中止とします! その代わりに各自日常の不思議を探してきて。どんな些細なことでも構わないわ!その些細な不思議がやがてとんでもない不思議になるかもしれないしねっ!というわけで以上っ解散!」 キョン「そんな無茶な…」 古泉「ツチノコを探して来いと言われるよりはましですよ。それに僕は日常の不思議に心当たりがありますしね…あなたには無いのですか?日常の不思議」 キョン「お前らみたいな奴らがいるのが一番の不思議だよ」 古泉「おやおやこれは手厳しい」 キョン「朝比奈さんはどうするんですか?よかったら一緒に探しませんか?」 みくる「ごめんなさいキョンくん。私も心当たりがあるんです」 キョン「そうですか…長門は?」 長門「ないこともない」 キョン「どっちだよ?」 長門「心当たりはある。ただしそれをあなた達が不思議と思うかは別の問題」 キョン「そっか、あるのか…しゃあねぇ一人で探すか…」 ハルヒ「みんなー!何してんのー?早く来ないと先帰っちゃうわよー!?」 キョン「やれやれ…」 ~発表日~ キョン「結局見つけられなかった…つか要求が曖昧すぎなんだよ!」 長門「………」 ツンツン キョン「なんだよ?」 長門「私の見つけた不思議にはあなたの協力が必要。援助を要請する」 キョン「マジか!?いや、願ったり叶ったりだよ!サンキュー長門!」 長門「お礼を言うのはこちらの方」 ガチャ ハルヒ「みんなー!不思議探してきたっ!?それじゃあ順番に発表してもらうわよ!まずは古泉くんから!」 古泉「コホン、では見てぐたさいみなさん!僕のこの天を突く勢いのテトドンを!これって不思議ですよね?」 ハルヒ「はあ?自意識過剰なんじゃないの?」 みくる「なんですかこの可愛いの?」 クスクス 長門「粗チン」 キョン「ダウトッ!!貴様の粗末な物で朝比奈さんの目を汚すな!」 ベキッ 古泉「ナアアアアアウ!!ぼ、僕のテドドンが直角に折れたっ!!」 ピクピク 古泉一樹 再起不能 ハルヒ「ふん!とんだ期待外れねっ!じゃあ次はみくるちゃんよ!」 古泉「ぼ、僕のツチノコが…ツチノコなのに…」 ピクピク ハルヒ「そこうるさいっ!負け犬はおとなしく死んでなさい!!次はみくるちゃんよ!すんごいの期待してるわ!」 みくる「ひゃい!で、では涼宮さん近くに来てください…あの、みなさんの前では少し恥ずかしいことなので…」 ハルヒ「ふーん、どれどれ?」 スタスタ みくる「じゃあそのままオッパイを直に揉んでください!」 キョン「なんですとー!」 長門「………」 ムカッ ハルヒ「な、なにあんたそういう趣味なの?」 みくる「違いますよー!これが不思議なんですぅ!いいから揉んでくだしゃい!」 ハルヒ「仕方ないわね」 モミモミ ハルヒ「あ、なんかにじんできた…」 みくる「そうです!妊娠してないのに母乳が出ちゃうんでしゅ!それが私の不思議!」 キョン「マニアック!?」 ハナヂブー ハルヒ「ふーん。で、どんなからくりなわけ?」 みくる「牛の遺伝子をインプリティングした、はっ!い、いえそれは禁則事項ですぅ」 ハルヒ「よくわからないけどイカサマなのね?ダウトッ!!有希、足腰立たなくなるくらい揉んでしまいなさい!今日は無礼講よっ!」 長門「了解した」 みくる「ひっ!」 長門「妬ましい…嫉ましい…疎ましい……」 ジリジリ みくり「い、いやあああああああ!!」 朝比奈むくる・キョン 再起不能 ハルヒ「じゃあ次は有希の番よ!」 古泉「ツチノコ…僕のツチノコ…」 みくる「もうミルク出ないでしゅぅ…そんなに強く揉んたら痛いですよぅ…」 キョン「百合…百合の花咲き乱れ…」 ハルヒ「てかなんであんたまで延びてんのよ!起きろバカキョン!」 ゴツン キョン「あいてっ」 長門「私の不思議は彼との合作」 ハルヒ「うっ、すごいマイペースね…てか二人で一つの不思議なの?それはちょっとやそっとの不思議じゃ許されないわよ?」 長門「問題ない」 ハルヒ「ふーん?凄い自信ね?で、肝心の不思議は何よ?」 長門「もう言った。私の不思議は彼との合作」 ハルヒ「どういうこと?」 キョン「さあ?」 長門「生命の神秘。処女妊娠。それが私。父親は彼」 ハルヒ「はあっ!?ど、どどどどどどういうことよ!!」 キョン「し、知らん!どういうことだ長門!?」 長門「心配無い。既に籍は入れてきたわ。あなた」 キョン「俺が聞いてるはそういうことじゃねぇ!」 ハルヒ「そうよそうよ!ちゃんと説明なさいよ!」 長門「チッ…昨夜彼の部屋に忍び込み彼の精子を確保。それを元に構成した」 キョン「ダウトッ!!」 長門「却下。あなたの子供にはかわりない」 キョン「そ、そんなこの年で所帯持ちかよ…」 キョン 再起不能 ハルヒ「そんなの納得いかないわ!」 長門「納得とは?」 ハルヒ「駄目よ…そんなの絶対駄目!」 長門「この子を降ろせと?」 ハルヒ「違うっ!そんなこと言ってるんじゃ…」 キョン「長門…いや、有希。不束か者ですがよろしくお願いします」 ハルヒ「あんたまで何言ってるのよ!そんなの絶対認めないんだからねっ!」 長門「何故?」 ハルヒ「だって…だって…私だってキョンと(夢の中で)キスしてから生理来てないんだからっ!!」 長門「!?」 キョン「な、なんだってー!…それは想像妊娠じゃないか?」 ハルヒ「違うわよ!あ、今お腹蹴った!これはもう確実に孕んでるわ!だから私もキョンと結婚する権利はあるのっ!!」 キョン「でももう籍入れちゃったみたいだし…」 ハルヒ「とにかく駄目なものは駄目ー!!」 長門「問題ない」 ハルヒ「へ?」 長門「多重婚が認められている国で籍を入れまたこの国に戻ってくればいい万事解決」 ハルヒ「え?いいの有希?」 長門「いい。私という個体はあなたにも好意を抱いている」 ハルヒ「マジで?」 長門「マジで」 ハルヒ「本当に?」 長門「本当に」 ハルヒ「指切り?」 長門「嘘ついたら針千本飲む。比喩ではなく」 ハルヒ「じゃ、じゃあ…」 こうして俺はなかば強制的にオーストラリアに連行され籍を入れさせられてしまったわけだ… ハルヒ「あなたー!早くしないと置いて行くわよー!」 キョン「うーい、今行くー」 ハルヒ「さっさとしなさいよ!今日は有希の出産予定日なんだから。遅れたらあの子に殺されるわよ?」 キョン「やれやれ…」 まぁ、優柔不断な俺にはこんな結末がお似合いなのかもな。とか思ったりして…しかし子持ちなのに未だに童貞とはどういう了見なんだ? ハルヒ「うるさいわね!特にオチも無いし締めるわよ。いい?」 キョン「どうぞ。好きにしてくれ」 谷口「はっ!ドリームか…」 谷口「長門有希や涼宮が妊娠に朝比奈先輩からは母乳か…我ながら凄い夢見ちまったな… そらユング先生もフロイト先生とケンカするわな………」 谷口「授業中に夢精しちゃった……」 クスン 国木田「谷口チャック、ってイカ臭っ!?」 キョン「お前授業中になにしてんだよ!?」 ハルヒ「なーに?谷口ったらまた授業中にナニしちゃったの?」 女子A「うわー最低…」 阪中「谷口くんは変態なのね」 女子B「いやー!今こっち見た!」 女子C「大変!B子が犯されちゃう!」 谷口「ち、違うって!これはそういうんじゃなくて…」 女子ブス「イヤアアアアアア!谷口がしゃべったわあ!」 女子デブ「妊娠しちゃううう!」 キムリン「ФжЯёнмЧЗψφДКИИ」 谷口「…………ちくしょう…」 完 注:作者さんの中では、谷口の夢の内容はエンドレスエイトの連続する夏休みの15497回目だそうです。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/262.html
今日は週に1度の不思議探索の日。俺は普段通り集合時間の30分前には到着する予定で歩いている。 そのとき突然ハルヒからの電話があった ハ「今日は中止にして。あたし熱出しちゃったから。みんなにはあんたから言っておいて・・・」 集合場所に着くと、やはりみんなもう着いていた。 キ「今日はハルヒが熱出したから中止だ。さっき電話があった。」 長「・・・そう。」 朝「涼宮さんは平気なんでしょうか・・・」 キ「どうでしょう。元気の無い声してましたけど、電話できるくらいなら平気だと思いますよ。」 古「・・・わかりました。それではこのまま解散でよろしいですか?」 古泉はこういうときだけ副団長の役割をしていると思う。 キ「いいんじゃないか。長門も朝比奈さんもいいですよね?」 朝「あ、はい。」長「・・・いい。」 古「それでは解散ということで。」 朝「あ、キョン君。涼宮さんのお見舞いに行ってあげてくださいね。」 キ「はあ・・・でもそれならみんなで行った方が・・・」 朝「みんなで行ったら迷惑になりますから。」 長「・・・貴方一人の方がいい。」 おいおい長門まで・・・ 古「僕もそのほうがいいとおもいますよ。」 古泉、お前もか。 キ「ふぅ・・・行くだけ行ってみるか。」 俺一人が行こうがみんなで行こうが迷惑なのは変わらないようなきがするんだが。 そう思いつつもハルヒに電話をした。 キ「よう。元気か」 ハ「元気じゃないわね、熱が出たって言ったの聞いてなかったの?」 キ「聞いていたとも。今から見舞いにいくからおとなしくしてろよ。」 ハ「ちょっ、キョン!!こ、こなくて(ry」 俺はハルヒが何か言う前に電話を切っていた。ピンポーン。 キ「よう。ハルヒ。・・・何でそんな格好してるんだ?」 ハルヒはこれから出かけるのではないかというような格好をしていた。 それも額に冷却シートをはったまま。 ハ「だ、だって、急にキョンがくるなんていうから・・・///」 キ「それは・・・悪かった。そんなことより起きていていいのか?」 ハ「あんたがチャイムならしたからわざわざむかえにk・・・」 クラッとハルヒは倒れかかった。 俺はハルヒを両手で支え、 キ「おっと、そんな格好してるからだぞ。熱が出てるときぐらいパジャマで布団に寝てろ。」 ハ「わかったわよ・・・でも、起き上がれそうに無いの。」・・・ってことはこのまま運べと? キ「本当か?うそなんてこと無いか?」 ハ「本当に体が重いの。」俺は仕方なくお姫様抱っこのままハルヒの部屋まであがった。 そのときのハルヒの顔は終始真っ赤だった。 ハルヒに聞いてみると「熱だから仕方ないのよ。」 まぁ俺の顔も赤くなっていたことは秘密だ。 ハルヒの部屋は初めてではないが、女の子の部屋っていうのは入るたびに緊張するものだな。 ハルヒをベットに寝かせた後俺はその辺に腰掛けた。 キ「ハルヒ、大丈夫か。」 ハ「大丈夫じゃないわ。こんな格好してるし、さっき無駄に声出したから。」 キ「じゃあそのまま寝てろ、やって欲しいことがあるなら聞いてやるから。」 ハ「・・・ありがと。」 ハルヒは俺に聞こえるか聞こえないくらいの声でそういった。 だが俺にはちゃんと聞こえていた。こういうときのハルヒはものすごく可愛い しかし、可愛いと思えたのもつかの間。とんでもないことを言ってきた。 ハ「ねぇ、キョン。///」 キ「なんだ?」 ハ「この服着替えさせてくれない・・・//////」 キ「ぶふぅ!! やって欲しいことがあるならやってやるといったが、それはないだろ・・・///」 ハ「だ、だって・・・この格好じゃ寝にくいじゃない・・・/////」 キ「でもな、ハルヒ。俺がやるってことは ハ「じゃあいいわよ。」 そういってハルヒはそのまま俺に背中を向けて寝てしまった。 キ「・・・ハルヒ。悪かった。でも流石に俺にはそれはできない。他のことなら聞いてやれるから・・・機嫌直してくれ。」 そういうとハルヒはこっちを向き、 ハ「じゃぁ、しばらく手握ってていい・・・////」 キ「そ、それなら・・//////」 俺はそのままハルヒが寝付くまでずっと手を握っていた。 一生その手を離したくないと思いながら・・・ おわり
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/114.html
団長 決めたわ。明日から『キョン断ち』するわよ! 団員1 なんなんだ、その『キョン断ち』ってのは? 団長 決まってるじゃない!キョンを絶つのよ。このままじゃ、あたしたち、単なるバカップルになっちゃうわ。だからキョン断ちするの。今は毎日会ってるし、おはようからおやすみまでほとんど一緒にいるけど、しばらくあんたには会わないわ。電話もしない。メールも打たない。机の上と枕の下と本棚と押し入れにあるキョン写真もすべて片付けるわ。そうね、有希に預かってもらいましょう。これで完璧ね。 団員1 なにが完璧だ? それだと俺もおまえに会えないじゃないか。第一、俺とおまえは同じ部活で同じクラス、席も前と後なんだぞ。 団長 問題はそこね。いいわ。あたし、しばらく学校に来ないから。 団員1 はあ?いいわけないだろ。 団長 成績の悪いあんたが休むと学業に差し支えがあるだろうから、あたしが休むほうがベターってもんよ。 団員1 勝手なこと言うな! 何日もおまえに会えないなんて、どうにかなっちまいそうだ。 団長 だからよ。意思の弱いあんたに『ハルヒ断ち』は無理だろうから、ここは団長のあたしが、耐え難きを耐え忍び難きを忍んでキョン断ちするの。感謝しなさい! 団員1 断る! バカなこと言うな! 俺に会えなくなって、おまえは平気なのか? 団長 あんたこそバカ言わないで!平気なわけないじゃない! いい、キョン? これはあたしたちに与えられた試練なの。会えない時間が本当の愛を育てるのよ。これを乗り越えたら、お互いがどれだけなくてはならない存在か、身にしみてわかるはずよ! 団員1 そんなものは、もう身にしみて分かってる! 団長 キョン……。 団員1 もし、本気でそんなこと言うんなら、俺にだって考えがあるぞ。 団長 考えって何よ? 団員1 浮気するぞ。 団長 はあ? 団員1 朝比奈さんと仲良くお茶っ葉を買いに行ったり、長門と図書館をはしごしてやる。それも3日おきだ。 団長 うっ! 団員1 それから鶴屋さんとゴージャスな○○をして、朝倉にはカナダと文通するぞ。ミヨキチとは遊園地へ行ってやる、しかも妹つきでだ! 団長 くぅ…。 団員1 それから古泉と○○して、さらにシャミセンと……。 団長 やめなさい! 古泉君とシャミセンはオスでしょ! 団員1 どうだ!これでもまだキョン断ちする気か? 団長 ひ、ひきょうもの! 団員1 お願いだ、ハルヒ、考え直してくれ。バカップルのどこがいけないんだ? お互いツンデレとフラクラだった頃に戻りたいのか?確かにあの時はあの時で楽しかったが、今とは比べものにならない。雲泥の差だ。精神病だというなら、それでもいい。自重しろと言うやつには言わせておけ。今の俺には、おまえのいない生活なんて考えられない。まだ少しでも俺を愛してくれているなら、ハルヒ、しばらく会わないなんて言わないでくれ。 団長 このぉ、バカキョン!! 少しでも、ですって!? 60兆個の細胞ぜんぶで、あんたを全て、まるっと、骨から皮まで愛してるわよ!! 団員1 ハルヒ……。 団長 わ、わたしが悪かったわよ。……そ、その、ごめん。 団員1 ハルヒ、おまえにそんな顔は似合わん。おまえは100ワットのパルック・ボールみたいに笑ってないとダメだ。俺も言いすぎた。 団長 ううん、キョンは悪くないわ。あたしがまた勝手な思いこみで突っ走って、キョンにつらい思いをさせたの。そんな思いしてまで、あたしを止めてくれるのは、いつもあんた。キョン、あたしもあんたなしの生活なんて考えられない! 団員1 ハルヒ! 団長 キョン! 副団長 長門さん、お二人を閉鎖空間に隔離できませんか?このままでは僕たちが……。 文芸部 今、行っている。しかし桃色空間の拡大が著しく、再優先で対処しても拡大速度に追いつけるのは6時間先。なおバカップル反射シールドおよびそのバックアップ・シールドは無効化された。 副々団長 殺せえ! いっそひとおもいに殺せ! キョンの禁欲へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4980.html
真夏のある日のこと。 SOS団の活動もない休日の午後、エアコンの不調により、うだるような暑さに耐えかねた涼宮ハルヒは、涼を求めて酷暑日の街を彷徨っていた。 「涼み処の定番、図書館はやっぱり人でいっぱいだったか……」 街中で配られていた、どこかのマンションの広告が入った団扇で扇ぎながら、街中を歩く。 「そもそもSOS団団長たるあたしが、人と同じ発想で涼を求めててどうすんのよ……」 さすがのハルヒも、この暑さに思考が常人並みに変化していた。 「あぢぃ……」 コンビニエンスストアでは、ごく短時間しか留まれない。北口駅前のショッピングセンターでは、時間は潰せるが座る場所がない。 「あ゛~……もうこうなったら、環状線にでも乗りに行くか!?」 その路線は最寄りの駅からさほど遠くはないにしても、別に鉄ちゃんではないハルヒにとって、ただ列車に乗っているだけという行為は、到底耐えられる代物ではない。 「雪でも降って涼しくならないかな……雪……ゆき……ユキ……有希……?」 「呼んだ?」 「うひゃあぁぁっ!?」 唐突に背後から掛けられた、見知った人の声に、ハルヒは飛び上がった。 「有希!? いきなり声掛けるからびっくりしたじゃない!」 振り返った先に居た文芸部部長、そしてSOS団員の長門有希は、珍しいことに私服だった。あまりの暑さに、制服ではもたないと判断したらしい。 「……いや、あの、有希……? 私服なのはいいことだし、今日は凄く暑いってことも分かるわよ? だけど……」 確かに、有希の服装は、理に適っていた。実に夏らしい。 「その格好じゃ、どう見ても男の子よ――――――――――――!!」 Tシャツ、短パン、サンダルに麦藁帽子。体格と相まって、可愛らしい小学生の男の子にしか見えなかった。知り合い以外に、この姿を見て「女子高生」と思う者は居ないだろう。 「この服装は、知り合いに『似合うし、機能的だから』と薦められた」 「確かに、これ以上ないくらいに似合ってるけど、似合う方向性が違うというか、何というか……」 「……?」 「……ま、いっか。それにしても、あんたと街中でばったり会うなんて、珍しいこともあるものね。てっきり図書館か本屋に入り浸ってるかと思ったのに」 とはいえ、海で遊んできた、という格好でもないわね、とハルヒは有希の姿を観察しながら言った。 「朝から図書館に居たが、人が多くなってきたので帰るところ」 「ああ、そういうこと。あたしもさっき涼みに行ってきたんだけど、人だらけで、あれじゃ落ち着いて読書なんてできないわね」 「涼みに?」 「うちのエアコンがぶっ壊れちゃってさ~、涼しい場所を求めて、このクソ暑い中を彷徨ってんのよ」 「……そう」 有希はハルヒに真っ直ぐな瞳を向け、 「それなら、うちに来るといい」 「え、マジ!?」 こくりと、無言でうなずいた。 ………… ……… …… … 「お邪魔しま~す!」 高級マンションだけあって、断熱がきちんとされている有希の部屋は、朝から無人で空調を効かせていなかったにもかかわらず、ひんやりとしていた。 「いや~~生き返るぅ~~~~」 「……飲んで」 有希はエアコンのスイッチを入れた後、冷蔵庫からキンキンに冷えた杜仲茶を出してきた。 「……ぷっは~! くぅ~~~~~~っ!!」 グラス一杯分を一気に飲み干したハルヒは、珍しく定時で上がったサラリーマンがビアガーデンで生中を飲み干したがごとき喜びの雄叫びを挙げると、そのままお替りを要求した。 「うまい! もう一杯!!」 「どうぞ」 こうして何杯か同じやり取りを繰り返した頃には、エアコンも効いてきた。 ハルヒは寝転んで全身からフローリングの冷たさを享受し、有希は借りてきた本の世界に旅立っていた。 エアコンの音をBGMに、ページをめくる音と、時折グラスの中で溶けた氷が立てる音だけが響く。 (暑い時には、何もない部屋っていうのも、いいものね……) やがてすっかり体力を回復したハルヒは、何となく、読書する有希を観察していた。 「……そっか。座椅子、買ったんだ」 孤島で合宿したときは、彼女は船の中で正座して読書していた。しかし今は、コタツの向かい側で、回転できる座椅子に座って読書している。 「……通販生活」 「買い過ぎには注意しなさいよ?」 「…………………………………………………………………………………………善処する」 「今の間は何よ、今の間は!?」 「気にしないで」 「気になるわよ!」 「…………」 「微妙な表情で見詰めるんじゃありません!」 「…………」 「しょぼーんってしてもだめ!」 「…………」 「こらー! 本で顔を隠すなー!!」 第三者がこのやり取りを目撃しても、有希の表情が変化しているとは思えないだろう。それだけ微細な表情の変化でも、ハルヒはきちんと見分けていた。 そんなやり取りもあった後、また落ち着きを取り戻した空間。ハルヒが一つ伸びをしたとき、それは起こった。 「ん? どうしたの、有希?」 有希の体が、不意にピクリと動いた。 「……足」 「足? ……ああ、当たっちゃったか」 ハルヒが伸びをしたとき、ちょうど前方に投げ出されていた有希の足の裏に、ハルヒのつま先が触れていた。 「を? ひょっとして有希は、足が弱いのかな?」 ちょんちょん、とハルヒがつま先で有希の足の裏をつつくと、その度に有希の体がピクリピクリと反応した。 「うりうり~」 ちょっと面白くなってきたハルヒは、次第に有希への攻めを強くした。 「……っ、うっ!」 「あ……」 一際大きく有希の体が跳ねた拍子に、彼女は膝をコタツにしたたかに打ち付けた。 「……………………………………………………………………………………………………」 「ごめん、ごめんってば! そんな涙目で、訴えかける視線を向けないでよ……」 ハルヒが必死に弁解するが、有希はハルヒにだけ分かる微妙な視線を送り続けていた。 やがてハルヒがいっぱいいっぱいになったところで、不意に有希は視線を逸らし、明後日の方向に視線を向けた。 「え……!?」 それで勝負はついていた。 ハルヒが自分の置かれた状況を把握したときには、背後に回った有希に床に倒され、脚を極められていた。 逸らした視線の先をハルヒが釣られて追いかけている間に、有希は超高速で移動していた。 「くっ、やるわね、有希! 今の技は、完全にやられたわ。でも、まだ負けないわよ!」 極められた技を外そうともがくハルヒに、有希は冷静に宣言した。 「あなたはもう、昇天している」 握り締め、中指の第二関節を突き出した有希の拳に、打撃が来るものとガードを固めたハルヒは、 「ひぎいっ!?」 悶絶していた。 「ちょ、ちょっと、有希! やめ……」 有希は構わず、固めた拳をハルヒの足の裏に突き立てて抉った。 「んのおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!?」 「ここは胃」 さらに有希は、拳を捻じりながら滑らせた。 「あおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」 「ここは子宮」 有希の責め苦は続く。 「これは足の裏にある各臓器の反射区を刺激するマッサージ」 「足裏マッサージでしょ! 知ってるわよ! すんごく痛いんだから!」 「特に痛い所が、何らかのダメージを受けている部位」 「分かったから、離してよ!」 有希は無言でうなずき、掴んでいたハルヒの足を離すと、反対側の足を掴んだ。 「ちょっと、離してって言ってるでしょ!?」 「人体はバランス。片方だけの施術ではバランスを崩し、かえって悪影響を及ぼす」 有希はハルヒの足の指を強くしごいた。 「んぎひぃっ!?」 「じっくり丹念に凝りをほぐす」 「い、いやあっ! 痛いのいやぁっ!!」 ハルヒは涙目で、首を左右にフルフルと振りながら、イヤイヤをしている。 「にょああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」 有希の拳が、無慈悲にハルヒの足裏に突き立てられた。 ………… ……… …… … 「ひゅーっ、ひゅーっ……」 じっくり丹念に足裏の凝りをほぐされたハルヒは、もはや虫の息だった。瞳孔が開いている。 「全体をほぐし終わった」 「も、もう勘弁して……お願いだからあっ……」 普段のハルヒからは信じられないような、情けない声で有希に懇願する。 有希は静かに、ハルヒの足を開放した。 「た、助かった…………」 有希はそのまま台所に消えると、湯気の立つタオルを持って帰ってきた。 「仕上げ」 「あー……蒸しタオル、気持ちいい……」 地獄から一転、今度は極楽を味わうハルヒ。恍惚とした表情で有希に身を任せる。 ハルヒの足を蒸しタオルでくるんだまま、有希は静かに告げた。 「あなたが特に弱っているところは分かった」 有希の言葉に、ハルヒは最も痛かった部分を思い出して、赤面した。 「恥ずかしがることはない。女性にはありがちなこと」 「やだ、そんなこと言わないで……」 ハルヒは両手で顔を隠している。 「最後に、そこを……集中的に施術する」 有希の言葉に、ハルヒは今度は顔を青くした。 「ちょ、有希、やめて! 後生だから!」 「あなたが特に弱っているところは……」 有希は親指を立てた。 「いやぁぁぁぁ!! ソコだけは! ソコだけはー!」 ハルヒは両手で顔を隠したままイヤイヤしている。 「肛門」 有希の指が、ハルヒの足裏に深々と突き立てられた。 「アッ――――――――――――――――――――!!」 ハルヒの悲鳴が部屋中に響き渡った。しかし、悲鳴はすぐにかき消された。 「このマンションの防音は完璧」 「……どうしたの?」 有希はハルヒに声を掛けた。 返事がない。ただのしかばねのようだ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4832.html
文字サイズ小でうまく表示されると思います 何故安価なのかは 33 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 12 56 28.24 ID uEJYG+Qk0 いいわけ保守 なあハルヒ、このスレは本来SS投下をする為にあるんであって安価とかはまずいんじゃないのか? 投下が来た時の邪魔になるし、住人も良くは思ってないと思うぞ? 「そんな事はどうでもいいの! いい、キョン。この場合一番重要なのはプリンが生き残る事、それだけよ。 そりゃああたしだって、本当は投下を期待してF5押しながら支援カキコしてたいわよ。でも今は規制のせいで 住人が殆どいないじゃない!」 そりゃあ、まあそうだが。 「明日になればきっと誰かが戻ってくる、あたしはそう信じてるもの! だから私は意地でもここを存続させる から邪魔しないで!」 ……なあ、ハルヒ。お前、なんでそんなにプリンの存続にこだわるんだ。 「え?」 別に今もアナルは生きてるんだし、規制されてる人が帰ってきてからスレを立ててもいいだろ? 「……だって」 ん。 「だって……ここがなかったら、あたしとキョンのSS書いた人が投下してくれないかもしれないじゃない」 なんだ、声が小さくてよく聞こえな「うるさい!! バカキョン! いいから存続させるの! いいわね!」 1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 12 27.95 ID uEJYG+Qk0 8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 48 25.98 ID uEJYG+Qk0 適当にはじめてしまおう 何事もない日常が喜び。 ハルヒに振り回され続けてきた俺は、たまに本気でそう思う事がある。 でもまあ、ここまで退屈だと逆に何か起こってくれないかね? なんて思うのは 贅沢なのだろうか。 せっかくの休日だというのに今日は何の予定もなく、朝から何度も確認しみても 携帯の電源は入っているのに着信はない。 これは神様が俺に休憩しろとでも言っているどうろうか? だとしたらその余暇を楽しむ何かまで準備して欲しかったってのは、望み過ぎ なんだろうな。 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 09 55 41.85 ID uEJYG+Qk0 出かけるあてなどないのだが、とりあえず着替えてだけおくか。 クローゼットの中の私服は、我ながらレパートリーが少ない。ああそうだ、買い物 に行くなんてものいいかもしれないな。 結局、着なれたいつもの服装に着替えた俺は―― 11 反応なければ適当にいきます 1 誰か誘ってみるか 相手指定可 2 今日は一人で行動しよう 11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 06 50.18 ID uEJYG+Qk0 適当~ 誰か誘ってみようか? そう思って携帯を開いてはみたが何となくその気にならない。 たまには一人で出かけてみるか。 俺は開いたばかりの携帯を閉じてポケットに入れると、自分の部屋を後にした。 休日だというのに、街に溢れかえっているのはスーツや事務服に身を包んだ人ばかり だというのはどうなのかね? 週に一度は魂の安息日があってもいいと俺は思うぞ。 そんな上から目線で、実際にファーストフードの2階席から歩道を見下ろしながら 簡単な朝食を済ませる。 12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 13 39.95 ID uEJYG+Qk0 一人だと相手を選んで店を決めたりしなくていいから気楽でいいな。 いつもの休日なら、気忙しく食べ終えて移動するだけの食事なのだが今日は違う。 多少冷えて適温になったコーヒーをゆっくりと飲みつつ、俺はゆったりとした時間を 楽しむ事にした。そういえばマックのコーヒーはおかわり実はできるらしいが、本当 なんだろうか? こんな小さなコップにおかわりってきついだろ、頼む方も持ってくる方も。 時間は……10時か。 手元のレシートで会計時間を見るとまだ20分しか経っていない。 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 21 21.40 ID uEJYG+Qk0 やれやれ、気忙しいのは俺も一緒か。 嘘をついても仕方ない、早くもこののんびりとした時間に俺は退屈しはじめていた。 あてもなくぶらつくのもいいが、どうせなら何か――ああ、今日は服を買うんだったな。 空になったゴミが満載のトレーを片付けるついでに、俺は店にあったフリーペーパーを 一部もってきた。 今日の俺にはそれほど資金に余裕があるわけでもないし、何軒も店を回る気力もない。 よさそうな店が無いかページをめくっていくと、まあ俺でもなんとか手が出そうな店が 数軒見つかる。 それは ↓ 1 駅裏のアーケードにできた個人経営の店だった 2 最近人気のブランド物を扱う専門店だった 15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 10 24 47.67 ID /F2MYmMC0 1 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 29 22.74 ID uEJYG+Qk0 「あっれー? キョン君じゃないか!」 駅裏のアーケードの一角、つい先日できたばかりらしいその個人経営の店の前で、俺は やけに元気な先輩と出会った。額によくわからないインドちっく? なバンダナを巻いて 笑っているのは言うまでもなく鶴屋さんである。 「おんや? あれ? 何故だろう、鶴屋さんは俺を見つけて駆け寄ってきた途端、何かを探すようにオーバー リアクションで俺を起点にぐるぐると回っている。 どうかしたんですか? 「どうかもなにかも、キョン君。君、一人なのかい? ええ、今日は一人です。 俺の返答がよほどショックだったんだろうか、鶴屋さんの笑顔が一瞬固まる。 17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 35 41.93 ID uEJYG+Qk0 「え、あ。あっははー! その、うん。なんだ。人生は長いぞ少年!」 突然俺を抱きしめて、鶴屋さんは意味のわからん事をいいながら背中をばんばんと叩いて きた。 え? あのどうしたんですか? 「まあハルニャンは気まぐれな所もあったりするからさー、ちょろっと離れる事があっても 元通りになる時は磁石みたいにばちーんって一瞬だよ!」 あの、鶴屋さん。 ↓ 1 よくわからないが誤解を解こう 2 まあいいか、このままにしておこう 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 10 36 54.51 ID RpStx02Y0 1 20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 46 14.02 ID uEJYG+Qk0 よくわからないが誤解を解こう ハルヒとは別に何もないですよ。今日はたまたま一人で買い物に来ただけなんです。 「へ? ……あ、そうだったんだ。ごっめんねー!」 とか言いながら俺の頭をぐりぐりと撫でる鶴屋さんを見て、うちの妹が大人になったら こんな感じになるんだろうか? と俺はシャミセンいじりに邁進する我が家の暴君の十数年後を 想像してみた。 「で、キョン君はあたしのお店の記念すべき最初のお客さんになってくれるのかな?」 へ? あなたのお店? 「あれー? 知ってて来てくれたんじゃなかったのかい? 本日12時オープンのファッション 雑貨『なまらすて』をよろしくぅ!」 持ってきていたフリーペーパーを見てみると、確かに店の連絡先の所に鶴屋という文字がある。 実は高校生向きファッションショップというカテゴリーと、駅から近いという理由だけで選んだ んだけどな。 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 10 54 37.56 ID uEJYG+Qk0 なまら……すて、北海道の訛りなのか外国の挨拶なのかそのどちらもなのかよくわからない 名前だ。だが店の名前が意味不明なのに対して、店の商品は実にわかりやすい品揃えだった。 高校生向きと言うだけあって、俺でも簡単に手が出る値段の商品がそれほど広くない店内に 空間を意識しながら展示してある。 「開店までまだ1時間あるけどキョン君なら入っちゃってもいいにょろよ?」 それは、その有難い申し出だ。だがいいんだろうか? 「いいんだって、だって私店長さんなんだもんね!」 俺の返事を聞く気はないのだろう、さっそく俺の腕を掴んで鶴屋さんは店内へと案内というか 拉致してくれた。 流石は鶴屋さんといった所だろうか。店内に並んだ商品はどれもはずれがなく、適当に買って 帰っても後悔はしない様に見える。 「さーて、じゃあキョン君に似合いそうなのは……と」 どうやら一緒に服を選んでくれるつもりのようだ、 ↓ 1 せっかくだが一人で選ぼう 2 ここはプロに任せよう 23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 06 31.83 ID neBvtuvmO 2 24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 14 29.82 ID uEJYG+Qk0 ここはプロに任せよう。俺のセンスがどれ程のものかくらいわかってるさ。 「キョン君は無理にかっこつけた服よりも、ポイントでセンスが光る服の方が合ってると思うん だよね」 俺と服とを交互に見ながら、鶴屋さんは駄菓子でも買うかのような勢いで服を集めていく。 あの、それもしかして全部。 「もっちろん試着してもらうよ! さあさあ、とりあえずこれとこれで着てみて! こっちを 上に着るんだからね?」 試着室になかば押し込まれるようにして閉じ込められた俺は、まあ仕方ないかとため息をついて 見つくろってもらった服に着替え始めた。 ――これが、俺か。そうか。 数分後、全身が写る鏡の前に居たのは俺が見てもそれなりに見える外見の男だった。さっきまで の、延滞したビデオを返しに行く途中にしかみえない男はもうここには居ない。 服で印象が変わるなんて無いって思ってたが、選ぶ人によってはあるんだな。 「もーいーかいっ?」 あ、はいどうぞ。 「御拝けーん……おー! さっすがあたし、完璧じゃないかー!」 俺もびっくりしました。 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 21 18.14 ID uEJYG+Qk0 次に着せようと持ってきていた服をあっさりと投げ捨てて、鶴屋さんは俺を試着室から引っぱり 出すってああ、待って下さい! 靴を履いてないんです! 「いやー、素材は悪くないと思ってたけどこれは予想以上。カツオがマグロになっちゃったねー!」 それってどっちが上なんでしょうか。 ちなみに外国だと、どっちもツナだったりするらしいですよ? 「ねえ、キョン君。これから一緒にどこかへお出かけしないかい?」 ええ?! って貴女はこのお店の店長さんなんでしょう? 「大丈夫だって! 初日だからバイトさん雇ってるし問題無いっさ!」 って、その ↓ 1 やっぱりまずいですよ 2 まあいいか 26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(新潟・東北):2008/09/14(日) 11 24 41.39 ID 3wOPtLBVO 2でお願いします 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 38 07.56 ID uEJYG+Qk0 まあいいか、たまにはハルヒ達以外の人と遊んだっていいだろ? 俺は大人しく頷き、それを見た鶴屋さんは向日葵の様な笑顔を浮かべた。 「みくるから色々聞いてはいるんだけど、キョン君はどんな所で遊ぶのが好きなのかな?」 そう言われると、どことかは無いですね。 ティーンズ雑誌の表紙を飾ってもおかしくないレベル、つまりは道行く人の誰もしも振り返るような 外見の鶴屋さんと二人っきりで歩くのは、普段の俺ならご遠慮したい。 だが今の俺ならば、そんなに自分を卑下しなくてもすむはずだ。多分。 「あっれー? キョン君元気ないくないかい?」 鶴屋さんは、呼吸が感じられる程近くで覗き込んでくる。 思わずのけぞった俺の胸に指をあてながら、 「あたしが選んだ服を着てるのにそんな自信なさげな顔じゃだめさー? さあ笑って! ね!」 今更なんだけど鶴屋さんの喋りがよくわからない; 誰か鶴屋さんのセリフが多いSS知ってる人いないかい? 28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 11 48 14.40 ID uEJYG+Qk0 そう言って俺の頬をひっぱる鶴屋さんの顔に、何か言葉以上の感情があるような違和感を感じる。 ……あ、そうか。鶴屋さんは俺に気を使ってくれてるんだな。言葉の所々に感じるニュアンスと、時折 俺の顔を見つめてくる仕草が気になってはいたんだ。 鶴屋さんは多分、俺がSOS団の誰か。まあ、多分ハルヒとの間で喧嘩でもしてると思ってるんだろう。 そう思うのも無理もない程に、俺の行動にはSOS団の誰かが関わっていたからな。 ようやく俺に笑顔が戻ったのを見て、鶴屋さんは満足げに頬をつまんでいた指を離す。 「さ! 今日は記念すべきキョン君とあたしの初デートだよ! 気合い入れてエスコートして、彼女の ハートをがっつりお持ち帰りしちゃってね?」 えっと、それはどこから突っ込めばいいんですか? ……反応なし。おかしいな、俺の反論はどうやら鶴屋さんには聞こえない様だぞ。なんて便利な耳だ。 さて、とりあえず歩道で立っていても仕方ない。どこかへ行くとするか……。 ↓ 1 公園でいいかな? 2 図書館に行ってみよう 3 休みだけど学校に行ってみようか 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 11 52 34.81 ID neBvtuvmO 1 34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 04 28.27 ID uEJYG+Qk0 言い訳書いてる暇がどこにあったのかと 休日の公園は騒がしい街とはうって変わって、子供連れの主婦が数人しか見えない。 俺の隣を歩く鶴屋さんは絡んでくる子供の相手をしたり、やれ空に浮かぶ雲の形が何に似ているだのと はしゃいでいる。 いいね、これこそまさに安息日ってやつだ。 俺は俺でそんな彼女の姿を目を細めながら眺めつつ、のんびりとした時間を楽しんでいた。が。 「ねーキョン君さ。……みくるが秘密を打ち明けた公園にあたしを連れてきて、どうしちゃうつもりなのかなー?」 平穏な時間はあっさりと終わった。 って今のはマジなんですか? まさか朝比奈さんは鶴屋さんに全部話してしまっているとか? ↓ 1 鶴屋さんも、朝比奈さんが未来人だって事知ってるんですか? 2 俺には、その。何の事だかさっぱりです 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 13 09 22.03 ID UndwICEDO 2で つか爆睡かましてたらアナルが落ちてたorz 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 23 16.93 ID uEJYG+Qk0 俺には、その。何の事だかさっぱりです。 いくら朝比奈さんがうっかりさんでも、禁則事項に関わるような事を口を滑らせるとは思えない。俺は冷や汗を かきながら鶴屋さんに嘘をついた。 しばらくの凝視の後。 「……そっかー。そうだよね、うん。ごめんごめん! ちょっとさ、みくるの様子が変だったから気になっててね」 え、朝比奈さんがですか? 疑う様だった鶴屋さんの眼差しが消える。 「みくるからキョン君の話を聞いてた時にね? この公園でキョン君に何か大切な事をお話したって所までは教えて くれたんだけど、それ以上先はどー頑張っても教えてくれなかったのさ~」 ……朝比奈さん、そこまで話したら誰でも気になると思いますよ? 「それで、もしかして君が何かみくるといけないお話でもしちゃったのかなって思ってね~。……ねえキョン君」 はい。 「みくるはさ~、なんていうかぼんやりさんでおっちょこちょいで目が離せない所ばっかり目立っちゃうけど、 本当は色々溜めこんじゃう娘なのさ。だけど人には言えない性格なのか、言えない内容なのかわかんないけど、 自分だけで頑張っちゃっててね~……そんなみくるもさ、キョン君には話せる事が多いみたいだから助けになって あげて欲しいな?」 最後の方は寂しそうな声で、鶴屋さんはそう言った。 39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 39 38.67 ID uEJYG+Qk0 俺にできる事なら。 もちろんこれは俺の本音だ。心のオアシスでもあり部室の天使でもある朝比奈さんの手助けになるなら、頼まれる までもなくなんだってするだろう。 パッと笑顔になる鶴屋さん。 「よろしく頼んだよ!」 そう言って鶴屋さんは背伸びをすると――冷たく柔らかい何かが触れる――素早く俺の頬にそっと触れるキスをした。 な、な。え? 驚く俺とは対照的に、鶴屋さんは平然とした顔で自分のポケットで振動していた携帯を取り出して何やら確認をしている。 そして急に顔をしかめて 「えー! そんなぁ~……残念だけどキョン君、あたし今すぐお店に戻らなくちゃいけなくなっちゃったよ。在庫が 尽きちゃって大変なんだって」 ええ? ってああ、俺の事は気にしないでいいですよ。 ところでさっきのはいったい、ってここは聞くべきなのか? 「ほんっとごめんよ? この埋め合わせは絶対するからー……絶対するからねー!」 手を合わせて謝ったかと思うと、すぐさま走り出し、何度も振り返りながら鶴屋さんは去って行った。 鶴屋さんの姿が見えなくなった所で、そっと自分の頬に触れてみる。 ……どうやら、さっきの白昼夢の類ではないらしい。 一人公園に取り残された俺は、自分でも意味のわからない溜息をつきつつ家路についた。 なんていうか、ハルヒとは別の意味で台風みたいな人だな。 42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 13 58 13.27 ID uEJYG+Qk0 その日、久しぶりに自室のクローゼットに新しい服が追加された。並べてみると、そこだけ自分の服じゃないみたいで なんだか変な感じがするな。 次の休日が待ち遠しいなんていつ以来の感情なのかわからない、俺はその日の出来事を思い出しながら眠りについた。 ――翌日、いつもなら気だるい通学路も普段の20%増し程度の元気で登り終え、平均より10分程早く教室に入った 俺の目に入ったのは机にのびているハルヒだった。 めずらしいな、あいつにしては。 俺が席についてもハルヒは動こうとしない、流石にここまでくると気になってくる。 おい、大丈夫か? 俺の声に数秒遅れて、ハルヒがゆっくりと顔を上げる。 「……ああ、キョン。いつ来たの?」 今さっきだ。 「そ」 再び机との同化作業に戻るハルヒ。 ハルヒ、体の調子が悪いのか? 保健室に行くならついて行ってやるが。 「いい。……昨日、親戚が1歳になった赤ちゃんを見せに来たんだけどね。その相手をしてて本気で疲れてるだけ」 そりゃあ……大変だったな。 お前の相手をしている俺達の大変さが少しはわかったか? なんて本音は言わないでやるよ。なんせ俺は充実した 休日だったからな。 「キョンは」 ん? 「キョンは昨日何してたの?」 ああ、俺か。 ……さて、ここで鶴屋さんの名前を出すべきか…… じゃあ安価で ↓ 1 やめておこう。昨日は買い物して終わったよ。 2 まあいいか。昨日は鶴屋さんの店で買い物してきた。 3 たまには驚かせてやるか。昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(神奈川県):2008/09/14(日) 13 59 47.34 ID npWD+ams0 3 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(dion軍):2008/09/14(日) 14 09 56.12 ID /F2MYmMC0 古泉君スタンバイ 45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 11 50.23 ID uEJYG+Qk0 たまには驚かせてやるか。 昨日は鶴屋さんとデートだったんだ。 「はあ?!」 でかい声をだしつつ即座に体を起こすハルヒ。 おでこ、真赤だぞ。 「えっあっ……ちょっとキョン。今のって本当なの?」 前髪でおでこを隠しながらハルヒは睨んでいる。 嘘か本当かと聞かれれば……本当なんだが、まあ古泉の気苦労を増やすのも悪い気がする。あいつに恨みがある訳でも ないしな。 冗談だ。昨日買い物してたら偶然あってな、服を選んでもらったんだ。それだけさ。 「……あ、あんまり変な事言わないでよ。でもまあ、よくよく考えてみれば鶴屋さんがあんたみたいなのとデートする なんて地球が逆回転を始めるよりありえない事よね。一瞬でも信じたあたしがどうかしてたわ」 そうかい。 ずいぶん安くなっちまったな、地球。 46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 21 37.98 ID uEJYG+Qk0 これでこの件は終了。 だったらよかったんだけどなー。それから時間は進み今は昼休み、どこかへでかけていくハルヒを見送り、のんびりと 弁当を広げていた俺の携帯が振動をはじめた。相手は……古泉? 箸を置いて、なんとなくその場で話すのを躊躇った俺は廊下に出てから受話ボタンを押した。 もしもし。 「何があったんですか?」 主語がないぞ、古泉。それにそれは俺のセリフだ。 「すみません、ですが答えて下さい。涼宮さんに何かしましたか?」 何かって……特に思い当たらないが。 「実は、ついさっきいつになく巨大な閉鎖空間が発生しました。これは涼宮さんにいきなり大きなストレスがかかったと しか考えられません」 落ち着けって、まあやばいのはわかった。でも俺はここ数時間ハルヒの頭を叩いたりもしなかったぞ?叩かれはしたが。 それに授業中だったから特に何かあったとは思えん。 「確かにそうですね……、ちなみに、貴方の言う物理的な理由では涼宮さんにストレスがかかる事は殆どありません。 ありえるとしたら……そうですね、貴方が涼宮さんの目の前で誰かとキスをする、そんな状況を見れば今のような閉鎖空間も 発生しえるでしょう」 古泉、ここは学校だぞ? そんな事がある訳……あ。 「ど、どうしました?」 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 35 38.75 ID uEJYG+Qk0 あ、いや。実は昨日、俺は鶴屋さんと買い物をしてたんだが。 「はい」 そこでキスされたんだ。 「……」 痛いほどの沈黙が流れる。 で、でも、あれは不可抗力だったし昨日の事なんだから今回は関係ないだろ? それに俺はハルヒには、買い物中に 鶴屋さんと会ったとしか言ってないぞ。 「事実はともかくとして、もしも涼宮さんがその事を鶴屋さんに確認に行ったら」 古泉の言葉に、俺が想像した鶴屋さんのリアクションのどれもが、あっさりキスの一件まで伝えてしまう姿だった。 「すみません、僕は機関の仕事に戻ります。すみませんが涼宮さんの事をお願いします!」 おい待て古泉! お願いするったってな? ――ええい、切れてやがる。 別に俺はハルヒと付き合ってる訳じゃないのに、そこまで気をまわさなくちゃいけない理由ってのはなんなんだろうな? ああそうか、世界崩壊の危機だったな。……笑えねー。 ともかくだ、ここは ↓ 1 ハルヒを探そう 2 長門に相談しよう 3 朝比奈さんに話をしてみよう 50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 14 37 16.58 ID neBvtuvmO 1 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 46 21.17 ID uEJYG+Qk0 ともかくだ、ここはハルヒを探そう。 鶴屋さんとハルヒが会ったっていうのが本当なら、多分2年の教室の近くに居るはずだ。 生徒で溢れかえる昼休みの廊下を、俺は世界を救うべく全力で走っていた。 そこら中から感じる奇異の視線。 そうだな、俺もこんな変なのが居たら目で追うだろうよ。 ついでに言えば入学したばっかりの頃のハルヒはこんな視線をいつも受けてたんだろうな。 幸運にも教師に見つかる前に、俺は2年の教室まで辿り着いた。 えっと、鶴屋さんは……しまったあの人が何組なのか俺は知らないじゃないか? 朝比奈さんに電話した方が確実なんだろうが、ともかく今は時間が惜しい。俺は順番に教室の中を覗き込みながら ハルヒの姿を探していった。 そんな不審行為を繰り返していると、 「あっれー? キョン君じゃないかー」 廊下を歩いて来たのはまさに渦中の人、鶴屋さんだった。 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 14 55 44.12 ID uEJYG+Qk0 53 本当に言ってねー 鶴屋さん、ハルヒがここに来ませんでしたか? っていうか何か話しませんでした? 「ハルニャン? きたよー、昨日キョン君とチューしちゃったーって言ったらめがっさ怒って何処かへ行っちゃったにょろ」 ――世界が停止したかと思った。……古泉、最悪な方向にビンゴだぞ。 急な運動による胃痛と、止まらない頭痛に思わず頭を抱える。 あーくそう! なんで朝、俺はあいつにあんな事を言ってしまったんだ? そんな事言うつもりはなかったのに! 「ちょっと大丈夫かい? 顔色が真っ青だよ?」 ええまあ、これくらいなんてことないんです。はい。 これから起きるかもしれない事を考えれば、俺の体調不良なんて1ジンバブエドルと等価なんです。 それで、ハルヒはどこへ? 「あっちだよ。でもどこに行くかは聞いてなかったな~」 ともかく今は動くしかない、俺は疲れた体に鞭打って再び廊下を走りだした。そして間もなく階段の踊り場に辿り着く、 ハルヒは上か? 下か? 1 上 2 下 3 一人では探しきれない、誰かに助けを頼もう 55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 05 18.49 ID neBvtuvmO 上 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 18 34.75 ID uEJYG+Qk0 書き手が一人の間はこれでもいいかもね 上に行ってみよう、なんとなくハルヒと言えば高い所にいるイメージがある。それに一度降りて上がるよりは、先に 上がって降りた方が体的にも楽だろう。 これで重労働は最後だと気合いを入れて階段を上った先には、ああそうだ、そういえばここだったんだな。 あの日、部活を作る事を思いついたハルヒに拉致されてきた屋上への扉があった。 鍵は……開いている。 勢いのままに扉を開けたそこには……、誰も居なかった。 一応ぐるりと回ってはみたが、広い校舎の屋根部分に簡単な柵がついているだけで誰の姿も隠れる場所も見当たらない。 くそっはずれか? 「おーい、キョン」 誰かの声が下から聞こえてくる。この声は、 「お前そんな所でなにやってんだ?」 グランドから叫んでいたのは谷口の奴だった。隣には国木田の姿も見える。 おい! ハルヒを見なかったか? 「涼宮? 涼宮ならさっき部室棟の方に歩いてたぞー? っていうかお前午後の授業さぼるつもりか?」 「キョンー。僕の机の上に置いてあったお弁当はキョンの机の中に入れておいたからねー」 二人の声を最後まで聞く事無く、俺は本日何回目かの全力疾走を自分の足に命じた。 62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 37 36.41 ID uEJYG+Qk0 じゃあとりあえず16:00で一回切れる様にごまかします 30分程の用事もあるし 詳しい言い訳は 33 俺の選択のどこに間違いがあったのか、それともそもそも俺の選択など何の意味ももたないのか。 昼休みが終わる鐘が鳴って静まり返った廊下を俺は必死に走っていた。 授業中のクラスの近くを通るのはなるべく避けながら、ともかく部室棟へと急ぐ。 中庭から見えるグランドでは谷口達がサッカーに興じているのが見える。 ああくそっ! いったい俺は何をやってるんだろうなーもー! 部室棟の中は当たり前だが静まり返っている、俺の階段をかけのぼる音だけが大きく響き、ようやく部室の前まで 辿り着いた時は、今度は俺の荒い息だけが響いていた。 頼むぜハルヒ、ここに居てくれよ? 会った所でなんて言えばいいかなんてわからないが、会わなけりゃアウトな事だけはわかる。 息を飲みながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。 扉の向こう、部室の中に居たのは…… 1 よかった、ハルヒがそこに居た。 2 古泉、なんでお前がここに? 3 長門、お前だけか。 4 すみません、間違えました。俺を見つめるいくつかの不審な目、間違ってコンピューター研の扉を開けていたらしい。 65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 15 47 07.84 ID neBvtuvmO 2 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 15 56 34.43 ID uEJYG+Qk0 古泉、なんでお前がここに? 部室の中に居たのはハルヒではなく古泉だった。 「貴方こそどうして、涼宮さんを探していたのではないんですか?」 探して辿り着いたのがここなんだ。で、お前は? 「閉鎖空間の発生地点がここなんです、僕は外の状況を確認するために一度出てきた所なんですが……まさか、もしかして?」 古泉は驚いた顔で部室の窓を見つめる、……嫌な予感がする、しかもそれが的中してしまうような……。 まさか、ハルヒは。 俺の言葉に頷く古泉。 「どうやら、涼宮さんは自分で作った閉鎖空間の中へ入ってしまったようですね」 悪い予感ってのはなんでこう当たるんだろうな、誰か教えてくれよ。 「神人は広範囲に分散して現れていますが、万一涼宮さんが遭遇してしまったら終わりです。すみませんが……」 わかってるよ、俺も行けばいいんだろ? 「申し訳ありません」 今回は俺の不注意が原因みたいなもんだ、気にしなくていい。 74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 40 11.76 ID uEJYG+Qk0 なんだろう、ここ。 気がついた時、あたしは不思議な場所に居た。 そこは見た目はあたしのSOS団の部室なのに、一切音が無く窓の外は色が無い灰色の世界が広がっている。 この場所にあたしは……うん、きっとそう。ここに私は来た事がある。 ともかく誰か居ないか探さないと。 77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 16 59 05.25 ID uEJYG+Qk0 まるで気圧の違う場所に入ったかの様な違和感。 「もういいですよ」 目を開いた時、そこにあったのは数秒前と変わらぬ部室の風景。そして窓の外に広がる灰色の世界だった。 今の所、窓の向こうに青白く光り輝く巨人の姿は見えない。 「学校の傍の神人は閉鎖空間の発生した時に退治しました。ですが、神人が再び現れないとも限りませんので 急いで涼宮さんを探しましょう」 ……そうだ、簡単な方法があるじゃないか! 「え?」 俺は窓を開けて中庭を見回す、そこにハルヒの姿は見えない。が ハルヒー! 俺の声が静まりかえった校舎の隅まで響いていく、ええいもう一度だ! ハルヒどこだー! 再び響き渡る声に、返ってくる返事はなかった。 「……これは、盲点でした。確かに大声で呼べば早いですよね」 でもダメみたいだな、もう遠くに行ってしまってるのか? 「いえ。涼宮さんの反応がここで感じられる以上、少なくとも学校の敷地内に居る筈です」 なるほど ↓ 1 もう少しここで呼びかけてみるか 2 二手に別れて探しに行こう 3 僕となるべく離れないでください。神人が出現した時に僕が居なければ危険です。 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 01 20.54 ID neBvtuvmO 2 79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 12 29.31 ID uEJYG+Qk0 なるほど、二手に別れて探しに行こう。ハルヒが学校から出てしまったら探しきれなくなる。 「了解です。何かあったら古典的ですが大声を出してください、すぐに駆けつけます」 ああ、その時は頼むぜ。 とりあえず古泉はまず部室棟を探し、終わったら本館の上階を。俺は本館の1,2階を探す事になった。 静かな本館の中、俺の歩く足音だけが廊下に響く。 途中までハルヒ出て来いよーなどと叫んでいた俺だが、今はそれにも疲れ、とにかく教室という教室を順番に 調べて回っていた。 ハルヒが何故出てこないのか? まあ理由は色々考えられる。 例えば、あいつがこの世界で寝ているとか気を失っているとかそんな理由で俺の声が聞こえなかった。まあ、 これならいいんだ。これなら。 問題なのは、俺の声が聞こえたけど出てこなかった……つまり理由はわからないが俺達から逃げていたら? そうなったらちょっと厳しいかくれんぼになるぞ、なんせ範囲は無制限なんだ、。 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 17 20 14.76 ID uEJYG+Qk0 職員室を見た後、1階の各教室を順番に回ってきたが成果0。古泉の声も聞こえてはこない。 いったいハルヒは何処にいるんだ? とりあえず足は止めないが、俺はあいつが行きそうな場所を考えてみる事にした。 あいつが一人で行きそうな場所か……あ、そういえば校舎内をくまなく探した事があるって前に言ってたな。 それだけで全ての場所が候補になるってのはきついぜ。 でもまあ予測だけでも立てるとすれば、だ。 ↓ 1 あいつは屋上で何か投げてなかったか? 2 プールのふちに立ってるのを見た事がある気がする。 3 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(コネチカット州):2008/09/14(日) 17 25 59.37 ID neBvtuvmO 3 89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 18 21 06.58 ID uEJYG+Qk0 あ、音楽室はどうだ。前にピアノを弾いてた様な。 1,2階の捜索を終えていた俺は、とりあえず音楽室へと向かった。 「ねえキョン、なんだかすごい1年生がピアノの演奏してるんだって。見に行かない?」 そう国木田が聞いて来たのは入学式が終わって数週間後の昼休みの事だった。ちなみにそれはハルヒが ありとあらゆる部活に仮入部を繰り返してはどこにも入部しないという意味不明の行動に勤しんでいた時 でもある。 だから俺はそのピアノを弾いてる凄い1年ってのもハルヒの事だろうと思い、行くのを躊躇っていたの だが――あいつがピアノを弾く姿ってのは想像できないな――怖いもの見たさ、って奴だろう。 弁当を食い終えて重くなっていた腰を上げていた。 人だかりのできた音楽室の入口、開いたままの分厚い扉の中から聞こえてくるピアノの音。 俺が人垣の隙間から背を伸ばして見たのは…… あいかわらず上手いな。 俺の言葉と同時にピアノの音が止む。 あの時と同じ音楽室の分厚い扉の向こう、防音になった部屋の中で一心不乱でピアノを弾くハルヒの姿がそこにあった。 99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 10 49.37 ID uEJYG+Qk0 どうやら見つけたみたいですね。 本館の中を歩いていた時、そのピアノの音は聞こえてきた。それと同時に不安定だった涼宮さんの気配も 一瞬強くなり、また小さくなる。 なるほど、音楽室でしたか。これは盲点でした。 この建物に居る人の気配は僕と彼、そして涼宮さんだけ。となれば涼宮さんと一緒にいるのは彼しかいない。 何とか事態は解決に向かいそうですね――そう思って一息ついた古泉を待っていたかのように、グランドの中央に 神人はその姿を現した。 「……キョン」 どうやら本気で弾いていたらしく、ハルヒの息はあがっている。 なるほどね、気を失っていたのでも俺達から逃げていたのでもない。本当に声が聞こえない所に居たとは 予想外だったよ。 だが見つけたのはいいが、これからどうすればいいんだ? 「ねえ……」 そこまで口にして、ハルヒは黙ってしまった。ただでさえ物音がしない防音室の中に、痛い程の沈黙が広がる。 かといって俺から口を開こうにも、なんて言っていいのかわからないんだが。 101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 11 29.53 ID uEJYG+Qk0 これは……僕ひとりでは厳しいかもしれません。 グランドの上に現れた神人はサイズは小さいものの全部で3体、通常であれば能力者4人以上で対応するのが セオリー。だが今はそんな事を言っている時間はない、もしも涼宮さんに万一の事があれば文字通り全ては終わって しまうのだから。 赤い光が浸み出して光の球体が体を包み込む。 頼みましたよ? 近くの教室の窓から飛び出した僕は、一番近くに居た神人の左腕を切断しながら舞い上がった。 パサリと何か紙をめくる音がする、見ればハルヒは楽譜を取り換えてピアノの上に置く所だった。 ……さて、何を聴かせてもらえるんだろうね? 壁際に置かれた椅子を一つ取り、ハルヒが見える位置に置いて座ると流れるように音が溢れ出した。 俺にはピアノ曲なんてもののタイトルはわからないが、ハルヒが弾いたのは優しいメロディーだって事はわかる。 その曲に聞き惚れつつハルヒを見てみれば……楽譜の意味あんのか? ハルヒは俺の顔を見ながらピアノを弾いて いた。時折目を伏せたり、また見開いて見つめてきたりと表情を変えるハルヒに合わせるように、曲もまた変化して いく。 102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 09.77 ID uEJYG+Qk0 これは……いったいどういう事なんでしょうね。 神人を引き付けながら空中を浮かんでいた古泉が見たのは、突然静かになった神人達の姿だった。 これまでに数多くの閉鎖空間に入ってきたけれど、こんな事は初めてだ。 驚きつつも念のために距離を置いたまま様子を伺っていると、神人達の光量が緩やかに衰えていきやがてそのまま 消え去ってしまった。 「そんな? ありえない?」 神人は涼宮さんのストレスが無意識の中で実体化した物のはず、それが自然消滅するなんて事があるはずが……。 103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(東京都):2008/09/14(日) 19 12 44.86 ID uEJYG+Qk0 ……ん、何か冷たい物が頬に……。 おぼろげな意識の中でそう感じた次の瞬間。 「起きなさい!」 俺の脳天に叩きつけられる何か。衝撃と共に目に入ってくる光景は……。 部室か。 「あんたまだ寝ぼけてるの? 岡部がめちゃくちゃ怒ってるんだからさっさと来なさい!」 座った俺の隣でハルヒが怒鳴ってる……って事は、そう言う事か。 「古泉君は先に行ったわよ。いい、あたしはちゃんと起こしたからね? まったく、古泉君と二人で部室で寝てる なんてあんた達なにしてたのよ?」 そうかい、そいつは悪かった。 でもお前のおでこが赤いのはなんでなんだろうな。 まだ意識ははっきりしないが、なんとなくどうなったかはわかるさ。つまり古泉はハルヒも含めて俺達3人が この部室で寝ていた事にしたって事だろう。そしてハルヒだけを起こしてやれば誤魔化せるって事か。 俺は世界の存続を祝いつつ、力の入らない体に活を入れようと腕をのばした。 あくびをしつつ、ふと気がつく。 ハルヒ。 「何よ。急がないと怒られるだけじゃ済まなくなるわよ?」 お前、何か俺にいたずらしたか? 何か頬が濡れてるみたいなんだが。 急にハルヒが俺に背を向けて扉に向かって走っていく、っておいハルヒ? 「しっ知らない!」 バタン! ……そう言い残してハルヒは部室から出て行ってしまった。 ……なんなんだ? あいつは。 涼宮ハルヒの失踪 終わり その他の作品
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3663.html
涼宮ハルヒの感染 プロローグ? 涼宮ハルヒの感染 1.落下物? 涼宮ハルヒの感染 2.レトロウイルス? 涼宮ハルヒの感染 3.役割 涼宮ハルヒの感染 4.窮地 涼宮ハルヒの感染 5.選択 涼宮ハルヒの感染 6.《神人》 涼宮ハルヒの感染 7.回帰 涼宮ハルヒの感染 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6537.html
涼宮ハルヒの遡及 どうもご無沙汰してます。 『涼宮ハルヒの異界』、『涼宮ハルヒの切望―side K―』、『涼宮ハルヒの切望―side H―』の作者です。今回はこのシリーズの完結編をお送りさせて頂きます。 『戸惑・完成ゲーム』、『DQ6』、『YU-NO』、『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱01』等のネタが含まれていますが、どこか分かったてもスルーよろしくです。分からなかった方はニコ動かようつべで探ると分かるかも。 このたびは、賛否両論のオリジナルキャラクターが登場する、当シリーズを、最後までお付き合いくださり、心より感謝申し上げます。 では、どうぞ。 涼宮ハルヒの遡及Ⅰ 涼宮ハルヒの遡及Ⅱ 涼宮ハルヒの遡及Ⅲ 涼宮ハルヒの遡及Ⅳ 涼宮ハルヒの遡及Ⅴ 涼宮ハルヒの遡及Ⅵ 涼宮ハルヒの遡及Ⅶ 涼宮ハルヒの遡及Ⅷ 涼宮ハルヒの遡及Ⅸ 涼宮ハルヒの遡及Ⅹ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅠ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅡ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2651.html
……………… ………… …… 俺は流れているのかも、止まっているのかもわからない気色の悪い浮遊感に身をゆだねていた。 この感覚がタイムスリップって奴なんだろうか? しかし、目の前が真っ暗、というより光を認識できないので 何も見えず何も感じられない。 『このままあなたの意識情報をあなたの有機生体に戻す』 長門の声に、孤独感が解消されたのを感じつつ、俺の置かれている状況が何となく理解できた。 俺の意識だけがどこかにとばされているらしい。幽体離脱って言うのはこういう感覚なのか。まだ三途の川は渡りたくないんだが。 しばらくこの状態が続くのか? 『長くはない。じきに移送が完了する』 そうか。ならちょうどいい。いい加減何が何だかさっぱりだから解説の一つもしてくれないか? このままだとまたパニックになっちまいそうだ。 『わかった』 長門の了承を確認した俺は、聞きたいことを整理しつつ、質問を始める。 一番聞きたいのはハルヒを襲ったあいつらについてだ。俺たちを襲い、陥れようとしている連中。 『詳細な情報は不明。わかっていることは、涼宮ハルヒに影響を受けた有機生命体であることだけ』 影響か。古泉みたいなものか? 『そう。ただ、古泉一樹と明確に異なる点は、涼宮ハルヒによって特定の能力を与えられた者ではないということ。 少なくてもイレギュラーな形での能力発現の可能性が高い』 そんな奴がいるのか? 『あなたはその例である者と認識しているし、接触したことがある。わたしも同じ』 接触? そんな奴いた憶えが…… 俺ははっと気が付いた。自覚がないが、ハルヒによって何らかの能力を与えられていて、そのせいで情報統合思念体の存在を 認識してしまった人間。あのラグビー野郎の中河だ。 『彼は涼宮ハルヒの影響下にあった。その後、危険と判断しそれを抹消した。不確定な問題を発生させる恐れがあったから』 ってことは、俺を事故らせて、ハルヒを襲ったあいつらは中河と同じような連中なのか。 しかし、何で突然ハルヒを狙ってきたんだ? 『その点については、少なからず情報統合思念体の失策に責任がある』 ……どういうことだ? 『順を追って話す。情報統合思念体があなたの友人の存在を認識したとき、放置すれば弊害が顕著化すると判断した。 そして、その問題を排除するべく行動をとった。具体的には、同様の状態を維持している有機生命体の調査と認識、 発見次第それを解消すること』 他にもいたって事だな。 『その数は想像を超えるものだった。涼宮ハルヒの影響は情報統合思念体の予測を上回り、数多くの有機生命体に及んでいる。 それを一つ一つ消去していく作業を開始した。だが、その時点で【彼ら】の中にもわたしたちの動きを察知する者が現れた』 まあ、大々的に動けば気が付く奴もいるだろ。中には自覚している奴もいたかも知れない。 それ自体は失策と言うよりも想定される状況だと思うんだが。 『そこで情報統合思念体はその動きを捉えられなかった。【彼ら】はこちらの動きを探りつつ、次第に情報統合思念体というものを 理解し始めた。それに同調するように、【彼ら】は結集を始める。互いの能力を理解し合い、こちらから情報をかすめ取り その存在意義は大きくなっていった。そして、ついに【彼ら】は涼宮ハルヒの存在にたどり着く』 消去して回る長門たちに対抗して組織化し、身を隠しつつ情報を得ていたのか。やっかいな連中だ。 『【彼ら】は情報創造を行える涼宮ハルヒ存在を、自分たちの利益にとって有効な存在と認識した。 そして、彼女を確保すべく行動を開始する。それがあなたを襲った事故の原因』 ちっ。話し合おうともせず、いきなり俺を謀殺しようとしたのか。短絡的にもほどがある。 『あなたを意識喪失状態に陥らせ、涼宮ハルヒの精神状態を不安定にさせる。同時に、それに乗じて涼宮ハルヒに接近し、 その能力の確保を行おうとした。これについてはわたしにも責任がある。彼らの行動に一定の不審を感じたが、 結論には至らなかった。【彼ら】の自己の偽装能力はわたしの予測を上回っていたから』 自分を責めるなよ。向こうの方が一枚上手だったってことだ。誰もお前を責めやしないさ。 だが、ハルヒの能力を確保ってそんなことが可能なのか? 『あの能力を身体から引き離し、別の存在へ譲渡する可能性は無いとは言えないが、危険すぎる。彼らの取った方法は 涼宮ハルヒの精神を奪い、彼らの命令を全て受け入れる状態にすること』 ふざけやがって。ハルヒを操り人形にするつもりだったんだな。 『だが、涼宮ハルヒも無自覚ながら対抗していた。文芸部室に立てこもった。あそこは様々な次元が交錯し、 【彼ら】が立ち入れば、自らの能力が何らかの反応を示し、情報統合思念体に察知される可能性があった。 だから、あの部室だけには立ち入ることができなかった』 古泉も同じ事を言っていたのを思い出す。俺が平然とボードゲームに興じている部室も、奴らにとっては、 毒の沼地に足を突っ込むのと同じくらいに危険な代物だったんだろう。 『そのため【彼ら】は部室の位相異常状態を除去する必要があった。まずは涼宮ハルヒのみ部室内に閉じこめ、 その効果が薄れることを待った。そのために、情報統合思念体への不正アクセスを多用したことが後の検証で判明している。 彼らの中に、情報統合思念体の認知を越えて利用できるレベルの者までいたことは、きわめて重大な事実として捉えられている』 ……そして、ついに奴らは動いた。 『部室の空間レベルが通常に近づいた時点で彼らは仕掛けた。部室内に侵入し、涼宮ハルヒの確保の実行を試みる。 わたしが【彼ら】の動きを理解したときには、もう遅かった。しかし、予定外に【彼ら】の行動を遅延させた存在があった。 それがあなた』 わざとやった訳じゃないけどな。 『感謝している。【彼ら】をわずかでも食い止めてくれたおかげで、涼宮ハルヒの精神は完全制圧状態にならず、 多くの自我を確保することができた。そして、【彼ら】にも次なる問題が発生していた』 神人か。だが、わからねえ。あそこまでやらかすようなストレスっていったい何だ? 『【彼ら】は一部ながら涼宮ハルヒの得たとき、その情報創造能力に圧倒されてしまった。そして、狂った。 今まで同調して行動していた【彼ら】はばらばらに自らの願望を叶えようと、涼宮ハルヒの能力を使おうと試みた。 だが、できなかった』 なぜだ? 俺の問いかけに長門はしばらく沈黙を続ける。そして、おもむろに 『通俗的な言い方をするならば』 ――一拍置いて、 『全ての願望を叶えられる神は一人だからこそ成り立つ。複数人……それも大多数では成り立たない』 俺はその意味を直感的に悟ることができた。 例えば、二人の人間がお互いに死ねと望んでみよう。いや、これだと二人とも死んで終わりか。なら、自分は生きていたいが、 相手には死んでくれと互いに望んだ場合はどうなる? この場合、二人とも死ななければならないが、 一方で二人とも生きなければならない。れっきとした矛盾って奴だ。連中はその矛盾の壁に阻まれて何もできなかった。 目の前に、何でも願いを叶えられるはずのツールが存在し、それを使えるにもかかわらず、実行できない。 その理由は、自分の願いに相反する願いをする誰かがいるから。 ……互いに憎み合ったんだ。あの罵声の嵐はその時の言い争いのものなのだろう。 一方でそんなに簡単に人間って奴は狂ってしまうものなのかという疑問も生まれる。 それまで奴らはそれぞれの目的も異なりながらも、一致団結して動いていた。なぜ突然仲間割れを始めた? 銀行強盗とかもいざ金が手に入ると、仲間割れを起こしたりするのが王道だが、いくら何でもあっさりすぎる…… いや、違う。よく思い出せ。あの中河の恥ずかしいなんていう表現ではできないような妄言の数々だ。 普通の人間ならあそこまで言わないだろうし、長門に能力を抹消されたあとのアイツの態度を見ても、 いくらなんでも異様すぎる。それほどまでに情報統合思念体の認知って言うのは人を狂わせるものだってことだ。 ハルヒを襲った連中は情報統合思念体を認識できている奴もいたようだったが、それでも狂わなかった。 中河と唯一にして最大の違いは、それは敵だと認識していたからかもしれない。中河を狂わせた叡知って奴も それが襲ってくるとわかれば、恋愛感情と誤認するはずもなく、その目には強大な敵として映ったはずだ。 だからこそ、それを退けられるハルヒの存在を欲した。だが、今度はそれを手に入れたとたん、それに魅了された。 今までハルヒをそんな対象としてみたこと無かったし、実感も無かった俺だが、確かに「何でも叶えられる」なんていう もしもボックスを手に入れたと自覚してみろ。正直、何をしでかすかわからん。 『情報統合思念体の存在同様、【彼ら】にとっても涼宮ハルヒの能力は過ぎた代物だった。有機生命体が持つ「欲」という感情を 暴走させるには十分すぎる。そして、それを使えないという矛盾した状態に彼らの精神的圧迫は飛躍的に向上し、 感情を爆発させた。もはや、止めることなど不可能な状態に陥ってしまっていた』 結果があの神人大暴走か。それでもあの程度の被害ですんだのは……やはりハルヒのおかげか? 『涼宮ハルヒは無意識ながら閉鎖空間を発生させて、神人の活動を閉じこめようとしたが、完全とはいかず、 被害の拡大は止められなかった。ただ、それでも【彼ら】を閉鎖空間内にとどめるように外部から切り離した状態にし、 【彼ら】の矛先を彼女のみに絞らせようとした。その結果、【彼ら】の目的が再び集約される。 それは、自分一人が涼宮ハルヒの全能力を確保し、他の競合する有機生命体を全排除すること。可能かどうかは不明だが、 そうすればいいと【彼ら】は信じている』 なんてこった。連中はまだハルヒをしつこく狙っているか。ん、じゃあ、もしかして俺が目覚めて北高に向かっているのも 奴らの目的の一つなのか? 『そう。【彼ら】の中の一人はあなたの存在を察知した。そこで、あなたを涼宮ハルヒの元に導き、利用しようとしたと思われる』 長門の話を聞いたおかげで、今までの奴らの目的が大体わかってきた。最初の朝倉襲撃は単純に俺の確保だったかもしれないが、 偽の情報を俺に与えて、古泉たちを手にかけるようにし向けたのは、俺にとってのハルヒの存在を 連中と同じ認識にすることだったんだろうな。あの時、朝倉に化けた奴は、ハルヒの能力を使えば、 俺の過ちは全て無かったことになるみたいなことを言ってやがった。現に俺は、危うくそれを受け入れそうになってしまった。 やれやれ、危ないところだったぜ。 『わたしが認識しているのはここまで。あとはあなたの目で見て判断して』 わかったよ、長門。色々教えてくれてありがとな。ああ、一つだけ確認したいんだが、今回の一件についてお前のパトロンは 何をやっているんだ? 『情報統合思念体は各派共通で閉鎖空間発生前の状態に回帰することを望んでいる。ただ、大規模介入は避けて、 あくまでも消極的介入のみ。また、万一涼宮ハルヒの全能力が【彼ら】によって奪われた場合は、強制除去を実行することでも 一致している』 強制除去って何だ……と聞こうと思ったが止めた。言葉からしてろくでもないことに決まっている。 『わたしはそれを決して望まない。しかし、今のわたしにできることは限定的。だから――』 何となく真っ暗闇で何も見えないのに、長門の顔が見えたような気がした。それは無表情だが、どこか決意に満ちた顔つき。 『あなたに賭ける』 ……以前にも同じ事を言われたな。仕方がない。もう一度世界の命運を背負ってみるかね。 俺みたいな凡人に賭けられるようじゃ、世界ってのはもっと精進が必要だぞ。 『もうじき、あなたの移送転換が完了する』 おっとその前にちょっと頼みがあるんだが。 長門に頼み事をすると、幸いなことに受け入れてくれたらしく、俺の目の前が明るくなり、脳天気に歩く馬鹿たれの姿が 目に飛び込んできた。俺はそいつの頭の真上に拳を振り下ろした ――目を覚ませ! この大バカ野郎が!―― 怒鳴り声もおまけで付けてやった。確かこんな事を言っていたはずだからな。これを忘れると、俺が偽朝倉の後ろにホイホイと ついていっちまう。 ほどなくして、また視界が闇に落ちた。ま、色々それから大変だが、がんばってここまでたどり着いてくれ。 『あと数秒であなたは元に戻る。あと、涼宮ハルヒの方である程度の問題が発生した模様。 ここから先はあなたの意思で動いて』 わかった。またあとで会おうぜ、長門。 ――そして、俺の目に膨大な光が飛び込んできた。 ◇◇◇◇ 「やあ、ようやくお目覚めですか」 俺の目に飛び込んできたのは、こっちに手をさしのべている古泉の姿だった。一回やっちまったという自覚があるせいか、 罪悪感と歓喜が入り交じった妙な感覚に陥る。しかしここはできるだけ平静を取り繕っておこう。 こいつに向かって間違っても涙を流したりしたら、周りに変な誤解を与えかねないからな。 まあ、それでもさすがにさしのべられた手を握らないほど、俺は落ちぶれちゃいないから、素直に古泉の手を借りて立ち上がる。 全身を伸ばすと、まるでさび付いていたかのように身体がきりきりと悲鳴を上げた。 一体、俺はどうなっていたんだ? 「12時間ほどですか、ずっとあなたは意識を失っていたんですよ」 その古泉の言葉を聞きつつ、辺りを見回すとちょうど国木田ノートを発見したときに休憩していた場所だった。 あのノートを開いたときから、俺は奴らの謀略に飲み込まれていたのか。 「わりい。また俺が遅延させちまったみたいだな」 「気にしないでください。この程度で済んだことに皆ほっとしているくらいですから」 辺りを見回せば、口を開く古泉の他、機関メンバーと谷口がこっちを笑顔で見つめていた。やれやれ、ボンクラすぎる俺を こんな笑顔で迎えてくれる人たちだったのに、奴らの思惑に乗せられて一度でも疑っちまった自分が恥ずかしいぜ。 「しかし、よく一旦引き返そうとか思わなかったな。ここにとどまっている方が危険だっただろうし」 「ええ、その通りですが、長門さんが僕たちの前に現れましてね。あなたは必ず帰ってくるから信じてと」 にこやかなスマイルで話す古泉。長門、いくらなんでも俺を過大評価しすぎ何じゃないか? 信じてくれるのは嬉しいけどな。 と、ここで森さんが凛とした声で叫ぶ。 「では、障害は解決されたと判断し、これから閉鎖空間の中心部へ移動します。ここから先は何が起きるかわからないから 確認警戒を怠らずに」 『了解!』 全員の元気のいい声がこだまする。待っていろよ、ハルヒ、長門、朝比奈さん。絶対に助けてやるからな。 ◇◇◇◇ 俺たちはついに連絡橋を越えて、閉鎖空間の中心部に突入した。ここからは誰も戻ったことがない生還率0%の世界。 何が起きても不思議ではない。が、 「なんてこった……!」 突きつけられた現実に俺は唖然とするばかりだ。 現在、俺たちは北高から10キロ程度離れた山の上にいた。特に敵に遭遇もせずにここまでたどり着いたわけだが、 それもそのはず、ハルヒを乗っ取ろうとしている連中は俺たちの相手をしている暇がないらしい。 双眼鏡で北高周辺の様子を見ると、あの光り輝く神人が辺りを破壊し尽くす勢いで暴れていた。 それなら何度かみかけた光景ではあるんだが、その神人に向けて猛烈な勢いで光弾が浴びせられている。 子供のころにみた湾岸戦争で空に撃ち上げられる大量の対空砲火みたいな状態だ。 「まるで戦争じゃねーか! 何がどうなっているんだよ!」 谷口がでかい声でわめく。発砲音らしき音がそこら中に響いて、大声でしゃべらないと相手の声を聞き取れないのだ。 古泉は森さんと何やら話し込んでいたが、やがて俺の元に近づき、 「事情はよくわかりませんが、あまりこのままにしておいて良さそうな状況ではありませんね。 ここは僕が出て神人を片づけることにします」 「だがよ、それでどうこうなる事態か? ――っ!」 すぐ目の前の市街地からまた多数の光弾が撃ち上げられ始め、轟音が鼓膜どころか地面を揺るがす。 古泉は片耳をふさぎつつ、俺の耳元で、 「涼宮さんはあの神人が暴れている付近にいると想像できます。それにあれだけの火力ですからね。 何かの拍子でこちらに向けられれば、あっという間に全滅ですよ」 確かにその通りだ。少なくとも連中がこっちに注意を向けてない間にケリを付けた方がいいかもしれねえ。 この状況が長門の言う仲間割れの一環なら漁夫の利を狙うべきか。 「その通りです。しかし、僕一人ではいきません。あなたも一緒です。最終的にはあなたが必要になるでしょうから」 いや待て。お前みたいに俺は空を飛んだりはできないぞ。ってまさか…… 古泉は自分の背中を指さすと、 「僕の上に乗ってください。そうすれば、一緒に涼宮さんの元にたどり着けますから」 にこやかに言ってくる古泉とは対照的に、俺は泣きたくなってしまった ◇◇◇◇ 俺は古泉の背中に覆い被さるように立つ。やれやれ、まさかこの年になって他人の背中に乗ることになろうとは。 しかも、相手がうらやむような美形野郎で俺と同い年と来ている。マジで勘弁してくれ。 「しばらくの我慢、我慢です。そうすれば、何もかも終わりますから」 「へいへい」 そう言って俺は古泉の肩に手を置く。と、森さんが俺たちの前に立ち、 「恐らくこれが最後の任務となるでしょう。ですが、特に作戦などは決めません。あなた達二人に全て任せます。 思うようにやっていいわ」 その顔は上官と言うよりも、信頼していると顔に書いてあるような優しげな笑みを浮かべていた。 そして、俺たちに背を向けて他のメンバーを見回すと、 「これより、最後の任務を果たします! 古泉たちは目標である涼宮さんたちの確保、わたしたちはこの場所を死守し、 古泉たちの帰還できる場所をします!」 ――ここで肩を上げるような深呼吸をしてから―― 「古泉、わたしたちはあなたに背中を預けます。信じた道を進みなさい。代わりにあなたたちはわたしたちに背中を預けて。 絶対にここを動かず、あなたたちの帰りを待ち続けるわ」 この言葉に古泉はヘルメットを少し深くかぶり、 「わかりました……!」 その返事とともに、俺たちの周りを赤い球状のフィールドが展開される。そして、そのまま遙か上空へと飛び上がった。 ◇◇◇◇ 灰色の空の元、俺は見慣れた待ちを真上から見下ろしていた。いやはや、まさか飛行機にも乗らずに上空から 自分の街を見ることになるとは考えもしなかったね。 北高周辺では相変わらず神人が暴れに暴れて、辺りを廃墟に変えていた。マンションに向けて振り下ろされる腕、 民家を踏みつぶす足。それらが繰り返されるたびに轟音が鳴り響き、ミサイルが着弾したような砂煙が空高く舞い上げられる。 神人を目撃したことはあまりなかったが、こうやって注視してみるとかなり恐ろしい破壊力を持った存在だ。 古泉はずっとあんなものを相手に戦っていたのか。 「さすがに慣れましたよ。神人の動きは複雑ではありませんからね。初めて遭遇したときは あまりの恐ろしさに立つこともできませんでしたが」 「あんなのを見て平然としている方がどうかしているさ」 古泉の言葉に、俺は感心と畏怖を込めて答えてやる。何だかんだで大した奴だよ、お前は。 神人に向けて一直線に飛ぶ俺たち。神人の周囲からは相変わらず砲撃か銃撃のような攻撃が続いている。 しかし、そんなものを浴びせられ続けても神人の暴走は止まりそうにない。 「一旦、近くの建物に降ります。そこで状況を再確認しましょう」 そう言って古泉は高度を下げて、手近にあったビルの屋上に降りた。北高まであと数キロ。距離が近くなったせいか、 神人の破壊行動に伴う衝撃が、身体に直にぶつけられてくることを感じる。 俺たちは持っていた双眼鏡で神人の様子を眺め始めた。暴れている場所は北高の校庭付近のようだった。 古泉は双眼鏡から一旦目を離すと、真剣な表情で額に指を当て、 「神人は一体だけのようですね。他に発生は確認できません。それならば僕一人でも対処はできますが、 やっかいなのはあの周りから浴びせられている攻撃の数々です。あれをかいくぐりながら、神人を倒すのは 結構至難の業になりそうですから」 「目的はハルヒたちの奪還だろ? 無理に倒す必要なんて無いじゃないか。そもそもハルヒが発生させたかどうかもわからねえ。 いっそ放っておいて、北高に突入してハルヒたちを探した方がいいと思うぞ」 俺の提案に、古泉は珍しく驚嘆の表情を浮かべて、 「ナイスアイデアです。神人退治が専門だったせいか、少々倒すことに固執してしまっていたようですね。 それでいきましょうか」 そう言って古泉が立ち上がろうとしたときだった。突然、鉄がきしむ音が俺の耳に届く。振り返ってみれば、 屋上から階下に通じる出入り口の扉が開き、そこから―― 「――なんだこいつら!?」 そこから出てきたものを見て、俺は悲鳴を上げてしまった。全身タールで覆われたような真っ黒な身体、口避け女の如く 大きく開かれた口、そして、周囲の光を反射して爛々と輝いている不自然に大きな目。そんな妖怪変化な物体が3つほど、 こちらを見ていた。 俺が唖然としていると、次の瞬間、俺たちに向かって銃弾が数発放たれた。運良くこちらには当たらず、 屋上の手すりに辺り火花が飛び散る。気が付けば、そいつらの手には短銃のようなものが握られていた。 こっちに殺意を向けているのは確実だ。 俺と古泉は背負っていた自動小銃をすぐさま握ると、そいつらめがけて一斉に撃ちまくった。 こっちの反撃を予測していなかったのか、その3つの物体はあっけなく全弾を全身に浴び、ばたばたと床に倒れ込む。 「今のはなんだ……?」 「さ、さあ……」 さすがの古泉も今のが何だったのか理解できないようだった。俺はその正体を確認すべく、 警戒しながら動かなくなったそれらに近づき、銃口で突っついてみる。 「……人間……か?」 それらは形だけ見れば、人間のように見えた。だが、とても正常な状態には見えない。病気ってわけでもなさそうだ。 と、古泉が双眼鏡で神人とは別の方向を眺めている事に気が付く。そして、見てくださいとその方角を指さしたので、 俺もそれに続いた。 その先には別の3階立てのビルがあった。その上にはさっきここに現れた奴らと全く同じ容貌の人間もどきが 群れをなして神人を見つめていた。指を指したり、何やらでかい口で周りとしゃべりながら、まるで観戦気分といった感じで、 神人の暴れっぷりを眺めている。 「ひょっとしたら、あれがあなたの言っていた【彼ら】なのではないでしょうか? とても人間の姿には見えませんが、 この閉鎖空間の中心部分にいるということは、他に考えられません」 「だが、俺が以前見かけたのは普通の人間の形をしていたぞ。あんな妖怪人間モードじゃなかった」 俺の反論に、古泉はあごに手を当てて、 「これは推測に過ぎませんが、彼らの姿を見てください。まるで欲を丸出しにしているように見えませんか? 長門さんは、【彼ら】は自らの欲望を暴走させていると言っていましたから」 俺にはただの化け物にしか見えないが……。だが、それが本当だとしたら、あんな姿になってまでハルヒを――ハルヒの能力を 求めるなんて狂っているとしか思えねえ。ますますあんな連中にハルヒを渡すわけにはいかないな。 ふと、何かのエンジン音のようなものが聞こえ、屋上から真下を走る道路の様子を見渡す。 そこには装甲車のようなごつい車輌が走っていき、その後ろを数十人のあの黒い化け物たちが追いかけている。 何だかもう訳がわからん。カオスな状態だな。 「そろそろ行きましょう。彼らの一部と遭遇した以上、僕たちの存在を捉えられた可能性もあります。 ぐずぐずしている時間はないと考えるべきです」 俺もそれに同意して頷くと、再び古泉の背中に手を置き、そのまま上空へと浮かび上がる。 さて、ここからが本番だ。まず神人に接近して北高の様子を探る。可能ならそのまま北高に突入してハルヒたちを探す。 これでいいよな、古泉。 ………… ………… ……古泉? 「え、ああ。すみません。周りに集中していてあなたの声に気が付きませんでした。何ですか?」 「おいおいしっかりしてくれよ。とりあえず、神人に接近してくれ。可能ならそのまま北高の屋上に降りて欲しい。 あとは校舎内を片っ端から調べてハルヒたちを探すんだ。それでいいか?」 「わかりました」 古泉は俺の言葉を了承すると、一直線に神人に向けて飛行を開始した――が、突然身を曲げて急上昇を始める。 俺にかけられた重力で身体がひん曲がりそうになり、思わず抗議の声を上げようとしたが…… すぐにその行動の意味がわかった。俺たちのすぐ真下を光弾数発がかすめていったからだ。 「おい古泉! 今のもしかして俺たちに向けられた攻撃か!?」 「どうやらそのようですね! また来ますよ! さっきとは比べものにならないほどの量が!」 振り返ってみれば、背後から雨あられの如く光弾が俺たちに向けて飛んできている。冗談じゃない。 あんな猛スピードで飛んでくる物体が当たれば、身体が木っ端みじんに粉砕されちまう。 奴ら、俺たちの存在に気が付いて排除しにかかったな。以前と違って確保ではなく、抹殺に動いているのは、 攻撃してきている連中が俺たちなんて必要と判断していないのか、そもそも俺たちのことなんか知らないのか。 どっちでもかまわんがね。 「速度を上げて、もっと上空に上がります! しっかりしがみついていて下さい!」 「お前に任せた! 好きにやってくれ!」 俺の返答とともに、古泉は今までよりも遙かに速いスピードで飛び始めた。そして、高度を上げて光弾をかわしていく。 だが、かなりの砲火をこっちに向けたらしい。そこら中の地上から、俺たちめがけて光弾が次々と撃ち上げられてきた。 そんな猛攻の中でも古泉の動きは見事だった。急上昇、急降下を繰り返し、または螺旋状に回転したり、急激なターンで 光弾を撃ち上げている連中の目測を狂わせたりと、全てきれいにかわしていく。よく知らんがバレルロールとかブレイクとか そんなものか? しかし、しがみつくだけで精一杯な俺にはそんなことをいちいち確認している余裕はない。 ようやく古泉の飛行状態が安定し、俺は目を開けて辺りを見回す。見れば、もう神人は目の前に迫っていた。 よし、まずは―― そこで俺は2つのことに気が付いた。神人の胸元辺りに人影のようなものが見える。 この距離ではぼんやりと人の形をしているぐらいしかわからないが。 もう一つが非常にまずいものだった。神人からそれなりに離れたところから、2つの物体が撃ち上げられ、 そいつらが煙を吐き出しながら俺たちめがけて飛んできている。 俺は古泉のヘルメットをつかんで、その存在を知らせる。 「おい古泉! 何かこっちに飛んできているぞ!」 「――あれは対空ミサイルでしょう。さっきから無誘導で飛んできているものとは違ってあれを対処するのは少々面倒ですね」 「脳天気なことを行っている場合か! どうするんだ!?」 古泉はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように、 「神人との距離が近すぎます。二つを同時に相手はできませんから、一旦距離をとってから対処しましょう!」 そう言って、速度を上げて神人から離れ始めた。ちくしょうめ。せっかく目の前まで来れたってのに! 俺たちは上空1000メートルぐらいまで上昇し、他の光弾の射程外にする。さて、これでこっちに向かってすっ飛んでくる ミサイルに集中できるってもんだ。 古泉の飛行速度はかなり速いが、さすがにミサイル以上ではない。背中に迫ってくるその姿は次第に 細部まではっきりと見えるくらいに接近してきていた。 とりあえず、無駄かも知れないが、俺は古泉の背中に乗りながら自動小銃を構えて、その二つのミサイル向けて撃ちまくる。 運良く当たって爆発でもしてくれないかと思ったが、この高速飛行中でしかも片手は古泉の肩をつかんでおかないと 振り落ちてしまうような不安定な姿勢で撃ちまくっても当たるわけがなかった。じりじりとこちらとの距離を詰めてくる。 「まずいな! ここからじゃ当たりそうにねえ! もっと近づいてきたらそこを狙って――!」 「無理です。あの手のものは目標に接近したら自爆しますので、近づかれた時点でこちらは終わりでしょう」 古泉の冷静な解説はありがたいんだか、対応策がないんじゃこのまま直撃コースだぞ。どうすりゃいいんだ。 そうだ、古泉の超能力なら破壊できるんじゃないか? カマドウマを吹っ飛ばすぐらいの威力はあるんだから。 「確かに、僕の超能力ならミサイルを破壊できるでしょうが、あなたを背負ったままではそれも満足にできません」 ちっ……俺がお荷物状態か。あんなものがすっ飛んでくるってわかっていたら、途中で降りておけば良かったな。 だが、今は後悔している時間も惜しい。だったら! 「わかった、古泉。俺はここで一回下車させてもらうぞ。ミサイルの方はお前に任せるから、破壊後に俺をキャッチしてくれ!」 「本気ですか!? 危険すぎます! 大体、僕が破壊に失敗したら、あなたはそのまま地上に激突しますよ!」 「えらく本気だ! どのみち、このままだと二人ともおだぶつだからな! ってなわけであとよろしく!」 俺はとおっとかけ声を上げて、古泉の背中から空中に身を投げ出した。ふと、ここでミサイルが俺めがけて 飛んできたらどうしようと不安がよぎるが、幸いなことにこ2発とも古泉を追いかけていってくれた。 あとは少しでも落下の速度を抑えるべく、テレビでやっていたスカイダイビングを思い出し、できるだけ空気を全身に ぶつけるようなポーズを取る。 程なくして、上空で大きな爆発が2つほど起こった。頼むぞ、古泉。ここで投身自殺みたいな終わり方はしたくないからな。 そのまま数十秒ほど落下が続いたが、やがて赤い球体に包まれた古泉がこちらに向かってきた。 そのまま俺を抱きかかえるようにキャッチして、また背中に背負わせる。 「全く無茶しますね、あなたも。涼宮さん並ですよ」 あきれ顔の古泉。全く俺もすっかりハルヒウィルスに犯されてしまっているんだろうな。 と、ここで古泉が数回頭から何かを振り払うような動作をした。 「おい、古泉どうかしたのか?」 「いや――大丈夫です。何でもありません。ええ、大丈夫です」 大丈夫と連呼する古泉だったが、どうみても様子がおかしい。いつの間にか、あのインチキスマイルがすっかり消え失せ、 何かの苦痛に耐えているような苦悶の表情に変化している。だが、それも無理ないだろう。 さっきからあれだけの攻撃を浴びせられつつけ、それを紙一重でかわし続けているんだ。 精神・肉体ともに疲弊してきて当然といえる。これ以上長引かせるのはまずいな。 「よし古泉。とっととケリを付けるぞ。また神人の前に行ってくれ。そういや、あの化け物の胸の辺りに人がいたように見えた。 そいつを確認しておきたい。できるか?」 「わかりました……!」 ここでまた頭を振るう古泉。もう少しだ、すまんががんばってくれ古泉。 古泉は身をかがめると、スキーの直滑降の如く、急降下を始めた。この高度から一気に降りれば、奴らもすぐに対応できないから 周囲からの攻撃も最小限に押さえられるはずだ。 次第に神人の頭の部分が近づく。と、こっちの動きに気が付いたのか、目なのか何なのかわからないものが俺たちに向けられた。 『来るなっ!』 俺の頭に飛び込んできたのは、聞き覚えのない青年の声だった。同時にその巨大な腕を俺たちめがけて振り回し始める。 『なんでだよっ! どうして邪魔するんだよ! そっとしておいてくれよ!』 訳のわからんわめき声が脳内にこだまするが、俺は徹底的に無視することにした。お前らの事情なんてあとで聞いてやる。 まずハルヒを返してもらうぞ、話はそれからだ! 古泉は器用に神人の腕をかいくぐり、目標である神人の胸元前を通過した。速度が速かったため一瞬しか見えなかったが、 そこにいた人間の姿は俺の脳裏に完全に焼き付いた。 「キョンっ! 古泉くん!」 あの聞き慣れて決して忘れる事なんて絶対に無いと断言できる声。間違えるわけがねえ、ハルヒだ。そしてその隣にいるのが 朝比奈さん。二人とも俺が知っているあの日のままの姿だった。北高のセーラー服姿も変わっていない。 あの二人が神人の胸元に取り込まれた状態になっている。 『さっきまでいいって言ったのに、どうして約束を破るんだ! この嘘つき女!』 『うるさい! よくも騙してくれたわね! 絶対――絶対にあんたのいうことなんて聞いてやらないんだから!』 再び脳内に響いてきたのは、さっきの青年の声とハルヒの言い争いだ。 ……この野郎。ハルヒに何かしようとしやがったな。おまけにあんなところに埋め込んで、 光弾の直撃でも受けたら二人が無事で済まねえぞ。 あと、長門はどうしたんだ? 姿が見えないが、別のところに捕らえられているのか? 俺は長門の姿を確認するべく、古泉に神人の周りを飛ぶように指示しようとするが、先ほどからとは比べものにならない 砲火がこちらに向けられ、たまらずに神人のそばから離脱する。せっかく近づけたのに、また距離が離されちまったか。 だが、俺は何となく現状を理解することができた。手段はわからないが、連中の一人がハルヒに取り入ろうとしたのだろう。 そして、うまい具合に近づくことができたものの、ハルヒの持ち前の勘の鋭さでその謀略を見破り、拒絶したんだろうな。 んで、それにぶち切れた野郎が神人を発生させて大暴れ。周りにの連中は抜け駆けしたとでも思ったんだろうか、 それを阻止すべく攻撃を仕掛けているってところか。全くしっちゃかめっちゃかだ。組織だっていないってのは、 強大な組織を相手にするよりやっかいだぜ。やることなすことバラバラだからな。 また、俺たちは神人からの数キロメートルのところまで後退する。次こそ、ハルヒたちを取り返してやる。 すまんが姿が確認できていない長門は後回しだ。ハルヒたちを取り戻せれば居場所もわかるかもしれないしな。 「古泉! もう一度、神人の胸元に行ってくれ! 次こそ、ハルヒたちを――おい古泉? 聞いてんのか!?」 俺の呼びかけに古泉は反応しなかった。代わりに耳を押さえ始めて激しく頭を振り始める。 様子がおかしい。さっきからどこか違和感を憶えていたが、てっきり疲労によるものだと思っていた。だが、何か変だ 「違う……僕は!」 古泉は苦悩に満ちた表情で、突然叫んだ。それが向けられたのは俺じゃないのは明白だった。 誰としゃべってやがるんだ? 「おいしっかりしろ! どうした何があった!」 身体を揺すって聞き出そうとするが、また砲火が激しくなる。ふらふらと単調な動きをしているためか、 かなり至近距離をかすめる光弾が増えてきた。このままだといずれ直撃は必至だ。 俺は何とか古泉の状態を把握しようと、もう一度呼びかけようとするが、 『邪魔をするな』 低く悪意のこもった声が俺の耳に飛び込んできた。誰だ……? この働きかけのやり方は連中と同じものだ。となると…… 『おまえは黙ってみていろ。今この男は事実を知ろうとしているのだから』 訳のわからんこといいやがって。事実だと? それはハルヒをお前らがどうこうしようとしているっていうことだけだ。 だから、俺たちはそれを取り戻す。それ以外の何でもないね。 『ほう。この男を信用できるのか? こいつは機関という組織から送り込まれたエージェントだぞ。 涼宮ハルヒを中心としたお前らの枠組みなど、組織への忠誠の前では無に等しい。いざとなれば、この男はすぐに裏切る』 そんなわけがないな。今までずっと付き合ってきたが、出会った当初はさておき、今ではすっかりSOS団の一員さ。 今更ハルヒたちを投げ捨てて裏切るようなマネは絶対にできない。こいつはそういう奴だからな。 『なぜそうと言いきれる? 全てこの男の演技かも知れない。何の確証がある?おまえらを裏切らないという確証がどこにある?』 証拠だと? ははっ。そんなものは無いね。 『哀れだな。それはお前の思いこみに過ぎない。いつか裏切られる。必ず』 ああ、そうかもしれないな。俺は古泉の全てを知っているわけでもないし、細かい事情とかはっきり言って知らん。 知ろうとも思わないな。だが、はっきり言えることがある。 俺は数回古泉の背中を叩くと、 「もうこいつなしのSOS団なんて考えられないんだよ。誰か一人がかけてもダメだ。いけ好かない点や胡散臭さ満載だが、 それでも俺にとって古泉はSOS団の一員さ。だから、俺は信じるよ。こいつがSOS団を裏切るわけがないってな。 例え裏切るような事態になったら、二、三発ぶん殴って目を覚まさせてやる。それで十分だ」 不思議とこんな状況でも俺の心は動揺しなかった。疑いのかけらも全く頭に浮かばずに自然と口から信頼の言葉が出る。 俺に対する語りかけは無駄だと悟ったのか、声の主はしばらく沈黙を続けた。 だが、次に放たれた言葉は衝撃的だった。 『おまえがそう思っていても、この男は違うようだな』 「……なんだと?」 この時古泉の顔は青ざめ、すっかり精気を失ってしまっていた。唇をかみしめ、冷や汗が首筋を流れていき、 目は大きく見開いたまま瞬きすらしない。 こいつ……古泉に何をしやがった!? 『事実を伝えたに過ぎない。この男はお前の求める枠組みに取って必要ない存在だと言うことをな』 そんなわけがねえとさっき言ったばかりだ。古泉だってそれをわかっているはず。 『この男にはすでに帰るべき場所が存在している。涼宮ハルヒを中心とした枠組みが崩壊したとき、この男は酷く絶望した。 無力な自分に腹を立て、何もできない現実に憤った。しかし、それでも元には戻らない。そんなこの男を周りの人たちは 手厚く守った。時に優しく、時に厳しく、時に暖かく』 ……森さんたちか。こいつも普段はひょうひょうとしていたが、やっぱり俺が昏睡状態になった上、 ハルヒたちまでいなくなったことがたまらなく辛いことだったんだ。だが、それに何の問題がある? いい人たちに囲まれて古泉は幸せだっただろう。 『だが、この男はそんな人たちの優しさを無視して、それでも涼宮ハルヒの枠組みに戻ろうとしていた。 世話になった人たちの気持ちを全て裏切って』 バカ言え! それは絶対に違うと断言できる。森さんたちは古泉を支えたが、SOS団のことを忘れさせようとした 訳じゃないはずだ。そんなことをする理由もない。 『この男には帰るべき場所がすでにある。そこは涼宮ハルヒの元ではなく、2年間ずっとこの男を支えてくれた人たちのところだ。 あくまでも涼宮ハルヒの元に行こうとするなら、その人たちへの明確な裏切り行為と言っていい。 そして、おまえは涼宮ハルヒの元へ戻るために、この男の力を利用するどころか、支えた人たちへの裏切り行為を助長させている』 ふざけた意見だ。曲解にもほどがある。どれだけそんなことを言われようが、森さんたちに話を聞くまで、 俺は絶対に受け入れねえ。 『おまえはそうかもしれない。だが、この男はどうかな?』 「くっ……」 俺は唾棄するように、苦渋のうめきを吐き捨てた。古泉の奴、こんなふざけた戯れ言に惑わされているってのか。 いい加減目を覚ませ! 屁理屈の応酬はお前の得意分野だろ? こんなやりとりをしている間に、砲火はますます激しさを増していく。さらに、前方の市街地から小さな煙を吐く物体2発が 撃ち上げられたことに気が付いた。さっきよりも小型のものだが、あれも対空ミサイルだな。 『余計なこと……!』 さっきまで無機質だった声のトーンが変わり、激怒の色合いに変化する。チャンスなのか、ピンチなのかわからんが。 とにかく古泉の目を覚まさせないとならねえ。 「おい古泉! しっかりしろ! こんなばかげた話なんて聞くんじゃねえ! とにかく今は――そうだ上昇しろ! 前方からまたミサイルがすっ飛んできているんだ! このまま直撃すると二人ともやられちまうぞ!」 そう言ってまるで操縦桿を操る如く古泉の頭を引き上げると、きれいに上昇を始めた。 すまん古泉。こんなもの扱いなんて俺だってしたくないが、今は緊急時だ。帰ったらコーヒーをおごってやるから勘弁してくれ。 だが、背後を追いかけてくるミサイルはやはり小型ながら速度はこちらよりも上だ。じりじりと距離を詰めてきている。 「僕は……裏切った……?」 「違う! そんなことは裏切りでも何でもないんだよ!」 古泉の独白みたいな言葉に、俺は無我夢中で反論するがやはり古泉の耳には届いていない。 どうする――どうする!? 俺は手持ちの荷物に何か使えるものはないかと、ドラえもんが道具を探すようにあれこれ片っ端から掘り返し始めた。 すると、一つの手榴弾が手元に残る。 ……できるのか? そもそも可能なのか? だが、悩んでいる時間なんて無い。もうミサイル二発はすぐ背後まで迫っているんだ。 古泉の頭をさらに引き上げ、上昇角度を高くする。できるだけミサイル2発を下にあるようにしなけりゃならんからな。 あとは、この手榴弾にかけるしかない。 俺は覚悟を決めて手榴弾からピンを引き抜いた。そして、爆発寸前まで手で握りしめ、タイミングを見計らって 背後にミサイルに投げつける。 「……っ!」 激しい閃光と衝撃に、俺は意識を失ってしまった―― ◇◇◇◇ ――俺ははっと自分が気絶していることに気が付き、あわてて目を開けた。 視界に入ってきたのは、逆さまになった世界。そして、俺はその地面に向かって一直線に落下を続けている。 やばい、このままだと洒落にならないぞ。 俺はすぐに古泉の姿を確認しようと辺りを見回した。すると運のいいことにすぐそばに、俺と同じように自由落下を 続けている古泉がいた。ただ、俺とは違い意識はあるようで、しきりに口を動かして何かをしゃべっている。 すぐに泳ぐように俺は古泉の方へ移動して、落下を続けているこいつの身体にしがみついた。 「大丈夫か、古泉!」 「…………」 俺の呼びかけに古泉は冷めた視線だけを俺に向けてきた。そして、小声でぼそぼそとつぶやき始める。 「僕は……帰ります」 「何言ってんだよ。もう目の前にハルヒたちがいるじゃねえか」 「涼宮さんたちのところではありません。森さん、新川さん、多丸さんたちのところにです……」 「ああ、そうだな。だが、それはハルヒたちを助けてからだ」 「もういいんです……僕が勘違いしただけでした。SOS団に僕なんて必要ないんですから」 「…………」 「勝手にそう思っていただけでした。必要とされているし、だからこそ僕もSOS団副団長でありたいと思っていました。 だけど、それはただの思いこみだったんです」 「……何ふざけたことを言ってやがる!」 「あまつさえ、森さんたちの善意を僕は踏みにじろうとしてしまった。僕をあれだけ大切にしてくれた人たちを無視して、 僕なんてどうでも言いSOS団に拘っていたんです。バカとしか言いようがありませんよね……」 「そんなわけがあるか! お前は騙されているんだよ! あいつらの常套手段だ! 大体何の根拠があって、 SOS団に自分が必要ないなんて思っているんだ!?」 「さっき神人に接近したときに、涼宮さんはあなたの名前しか呼ばなかった。僕のこと何滴にもかけていない証拠です。 涼宮さんにとってあなたさえいればいいんですよ……」 古泉の言葉に、俺は記憶の糸をほじくり返し始めた。あの時、ハルヒはなんて言った? 確か、俺の名前と――ああそうだ。 古泉の名前もしっかりと呼んでいた。 「いいか古泉! あの時ハルヒはお前の名前もきちんと呼んでいたんだよ! かなりの大声だったからお前にも聞こえたはずだ!」 「嘘だ。僕には聞こえなかった。涼宮さんはあなたさえいればいいんだ……」 「それは捏造だ! おまえに語りかけている奴が何か細工しただけだ。俺が保証してやる。ハルヒにとってお前は必要なんだよ」 だが、古泉は全く俺に言葉に聞く耳を持たない。それどころは、少し強い目つきで俺を睨みつけると、 「あなたもあなただ。あなたも涼宮さんだけいれば良いんでしょう? そのために僕を利用しているに過ぎないんだ。 もういい、疲れた。僕は森さんたちの元に帰る。あの人たちは僕を受け入れてくれる。あなた達なんかと違う――」 ……いい加減ぶち切れたぞ、古泉! あまりの言いようじゃねえか! ああ、お前が理解していないってなら教えてやるまでだ! 俺は激怒に身を任せ、古泉の胸ぐらをつかみ上げる。そして、それこそ、鼻息がかかるほどまで顔を近づけて、 「――ふざけんなっ!」 自分のあごが外れるかと思うほどの怒声をぶつけてやる。さすがにこれには驚いたのか、古泉が目を見開き、 きょとんした表情を浮かべた。俺はそのまま続ける。 「いいかよく聞け! 確かにハルヒがお前のことをどう思っているのか、確実なことをは何も言えねえ。 俺はハルヒじゃないからな。そんなこと聞きたきゃ、本人にあって直に言えばいい。 だから、ここは俺の素直な気持ちを言うことにするぞ」 ――一旦深呼吸をすると―― 「まず最初に謝っておく。俺の意識がどこかに飛ばされている間に、はめられたとは言えおまえに疑いを持ったあげく、 殺しちまったんだからな。だが、お前を失ったときに俺がどれだけ絶望したかわかるか!? もう元のSOS団には戻れない。古泉がいなければ、SOS団は成立しない――もうあんな気持ちは二度とご免なんだよ!」 「…………」 古泉は黙ったままじっとまじめな面で俺を見つめている。 「俺にとってもうSOS団ってのは、誰一人かけてはいけないんだ。ハルヒも長門も朝比奈さんも、当然古泉、お前もだ。 俺にとってお前は絶対に必要なんだ。ああ、だからといってお前を支えてくれた森さんたちを否定するつもりは毛頭ねえ。 いいことじゃないか、それだけ信頼できる仲間がいるなんてうらやましい限りだぜ。だけどな、だからいって どちらかを選ばなければならないなんて事はないはずだ。お前は森さんたちの仲間であると当時に、 SOS団の副団長なんだ――それでいいんだ! だから、俺たちの元に――」 この時、俺は自分が今どのくらいまで落下しているんだろうとか、全く気にならなかった。頭にあるのはたった一つの言葉。 「帰ってこい! 古泉一樹!」 俺の渾身の台詞に、古泉の顔がまるで急速充電されたかのように、みるみると精気と取り戻していく。 そして、すぐさま俺の身体を引き寄せると背中に乗せて、また超能力飛行を再開した。 「すいません! がらにもなくバッドトリップしてしまっていたようです!」 「いや……正気を取り戻してくれるならそれでいいさ」 何だが、とんでもない事を言っていたような気がしてきたおかげで、古泉の目を見ることすらできやしねえ。 しかも気が付かないうちに、古泉の背中にあぐらをかいて座っているし。なにやってんだ、俺は。 すっかり忘れていたが、俺たちはいつの間にやら地上数十メートルの辺りまで落下してたらしい。あぶないあぶない。 もうちょっとで床に落ちたトマト状態だった。 と、古泉は何やら肩を振るわして笑っているようだった。嫌な予感がするが、念のため聞いてやる。何がおかしいんだ? 古泉は、空を飛んで背中に俺を乗せているにも関わらず、器用に肩をすくめると、 「いやはや、驚きましたね。まさか、あなたからあんな言葉が聞ける日が来るとは」 「……何の話だ?」 すっとぼける俺に古泉は嫌がらせをする子供みたいな笑顔を浮かべると、 「おや、お忘れですか? 僕の顔の真正面で『俺にはお前が必要だ!』なんて――」 「あーうるさいうるさいうるさい! 聞こえねえぞ、砲撃の音がうるさくて何にも聞こえねー! あーあーあーあーあー! これ以上お前の背中に乗っているのが、いい加減ウザくなってきただけの話だ!」 ああちくしょう。何であんなこっぱずかしい事を言ってしまったんだ。しかも、俺の顔が紅潮して、耳まで赤くなっていることが わかるのがなおさら恥ずかしい上に、むかついてくる。 しばらく古泉は神人の周りを移動しながら苦笑していたが、 「……いいでしょう! あなたの意見に同調しておきます。そろそろ決めてしまいましょうか!」 「ああ、これ以上時間を費やしても仕方がないからな!」 そう言って俺たちは神人に迫った。今度は低高度から、急上昇してハルヒたちのところに向かう。 ハルヒたちの位置はつかんでいるから、問答無用に神人を解体してやるつもりだ。 『来るなぁっ!』 神人を動かしている野郎が絶叫して、俺たちめがけて光る腕を振り下ろしてきた。だが、古泉が華麗な手さばきで腕を振るうと 大根がきれいに切られたように、その腕が切り落とされた。 「このまま一気に神人を崩壊させます。その時、涼宮さんたちをあなたがキャッチしてください」 「了解した! お前は存分に暴れてこい!」 俺たちは急上昇を続け、次第にハルヒと朝比奈さんの姿を視界に捕らえ始める。 「古泉くん! キョン!」 ハルヒの声。ほれ見ろ、古泉。お前の名前もちゃんと呼んでいるだろ? 「ええ……そうですね! 今回は僕の耳にもはっきりと聞こえましたよ!」 やたらと嬉しそうな声を上げる古泉。ま、ハルヒだってお前がいなくなって良いなんて思っていないさ。 あいつにとってもSOS団はなくてはならない存在だろうからな。 俺たちが迫るにつれて、神人の暴れはさらに激化した。 『来るな来るな! 何で邪魔するんだよ! せっかく手に入ったのに! 何で奪おうとするんだ!』 身勝手なことばかり言いやがって! お前らが俺たちSOS団を奪って、あまつさえ世界をめちゃくちゃにしたんだぞ! そんなふざけた連中にハルヒを渡せるか! 返してもらうからな! 俺は古泉の背中から、ハルヒめがけて思いっきり飛んだ。急上昇の加速と併せてまるで空を飛ぶようにハルヒに近づく。 一方で古泉はここぞとばかりに全力を出したのか、赤い球状に完全変形するとUFOが動き回るような異様な速度で 神人を切り裂き始めた。そして、神人が完膚無きまでバラバラに解体される。 ハルヒと朝比奈さんは拘束状態から脱し、そのまま落下を始めた。俺は二人に向かって必至に手を伸ばす。 ハルヒも同じだ。だが、届くか届かないかかなり微妙な距離になってしまっている。 くそ――肩とか手首とは言わない! せめて指一本だけでも握らせてくれ! それで十分だ―― 俺の願いをハルヒは読み取ったのか、すぐに指を俺の方に突き出してきた。 すぐにその指をとっさにつかむ。そして、少し引き寄せると、次に手首、肘と次第に引き寄せていって、 最後には二人の腰を両腕で抱きしめた。俺は二人の感触を味わうかのように、強く強く抱きしめる。 二人をキャッチした辺りで、俺たちはゆっくりと落下を始めた。早いところ、古泉に拾ってもらわないと、 3人とも地面に激突してしまうが、あまりの歓喜の感情に全身が高揚してしまい、全く気にならなかった。 よく言う。失ったときにその価値が初めてわかると。 だが、俺にはその続きがあると今理解した。一番、実感できるのは取り戻したときだ。この身体がまるで浮いていくような 爽快感と感激。 ――もう離さねえ! 絶対に離さねえっ!! しばらくそのまま落下が続いたが、やがてハルヒが俺を思いっきり睨みつけてきて、 「バカバカバカバカバカバカ! この大バカキョン! 二年も団長を放って一体何やってたのよ!」 「……無茶言うなよ。俺だってついこないだようやく目を覚ましたばかりの病み上がりなんだ」 と弁明してみるが、案の定ハルヒはこっちの話を全く聞かずに、俺に朝比奈さんの顔を突きつけると、 「ほら見なさいよ、みくるちゃんの可愛い顔がこんなにやつれちゃって……あんたのせいだからね!」 言いがかりにもほどがあると思うが、確かに朝比奈さんに負担をかけてしまったのは、断じて許せん話だ。 すいません、朝比奈さん。ようやくお迎えに上がりましたよ。 「キョンくん……」 朝比奈さんはすっと俺の肩に額を押しつけてくる。 ふと、長門の存在を思い出し、 「そうだ長門! ハルヒ、朝比奈さん! 長門は知りませんか?」 「ここにいる」 そう無感情な長門口調で口を開いたのは、朝比奈さんだった。って、なんだどういうことだ? 「わたしのインターフェースは一時破棄した。その方が【彼ら】に察知されずに動きやすかったため」 「長門さん、それ以降あたしの頭の中に住み着いちゃって……」 長門モードから朝比奈さんモードへ戻る。何だよ、ちゃっかり全員そろっていたのか。しかし、長門よ。 お前はそれでいいのか? また朝比奈さんモードから長門モードに変わると、 「問題ない。わたしという記憶を含んだ情報が存在していればいい。インターフェースはいくらでも再構築できる。 それにこの身体はわたしには合っていないと思っている。身体のバランスが悪い、それに歩くだけでなぜかエラーの蓄積される」 それを聞いたとたん、俺は思わず苦笑してしまう。朝比奈さんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。 まあ、それならいいけどな。 ここでようやく俺の襟首が掴まれ、落下速度が緩やかになる。見上げれば、古泉が俺をつかみ上げていた。 「古泉くん! 久しぶりっ!」 「ええ、お久しぶりです、涼宮さん」 二人は笑顔で挨拶を交わした。ま、何はともあれ、これでSOS団は復活ってわけだ。 「このまま、森さんたちのいるところまで移動します。少々辛い姿勢が続きますが、我慢してください」 そう言って古泉はのろのろと移動を始めた。どういう訳だか、さっきまで猛烈に撃ち上げられていた砲火がぴたと収まっている。 そんな中、ハルヒはオホンとわざとらしく咳をつくと、 「ま、まあ、いろいろあったけどさ。ここは団長からキョンの全快を祝って、挨拶ぐらいしておかないとね」 その言うと、初めて俺に見せるような優しげな笑顔になり、 「お帰りさない……キョン」 ――ああ、ただいまだ。ハルヒ、SOS団のみんな。 ◇◇◇◇ 森さんたちのいるところに近づいてきた辺りで気が付く。閉鎖空間の果てが明るくなりつつあること。 ずっと灰色の世界だったが、まるで夜明けのように光が差し込みつつあった。そして、もう一つがすすり泣くような嗚咽の声。 それも恐ろしくたくさんの人間が発しているものだ。ホラー映画のワンシーンみたいで、俺の全身に鳥肌が立っていく。 それを確認した朝比奈さん(長門モード)は、 「【彼ら】が泣いている」 「……何でだ?」 最初は疑問符を浮かべる俺だったが、すぐに理解できた。 ……連中にとっても、もうハルヒ以外には何もないのかも知れない。 「これは簡単には閉鎖空間から出してはくれなさそうですね。もう一波乱あるかも知れません」 古泉の言葉に、俺はやれやれ勘弁してくれとため息を吐くことしかできなかった。 ~~その6へ~~